エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

 数十分ぶりに文くんと並んで歩く。

 なんだか自分がさっきまでの自分と違う気がして、なんとも言えない緊張感というか高揚感がある。

 意識的に文くんと距離を取って、少し後ろをついていく。

「あと店内で寄りたいところはない?」
「えっ、あ、うん。ないよ。大丈夫」

 振り向きざまに聞かれ、答えるや否や文くんは足を止めた。ガラス越しに外を見て、「そういえば」と呟く。

「このビルの斜向かいに最近コーヒーショップできたって。行ってみる?」
「行きたい!」

 単純な私は、文くんが一瞬でも私のことを考えてくれたって思うだけでうれしくなった。

 文くんはなにも言わず笑顔だけを返し、再び正面出入口へ足を向け始める。
 その笑顔を反芻し、表情が緩みそうなのを堪えつつ私も歩き始める。

 直後、正面からこちら側に歩いてくる男性ふたりの視線を感じた。
 慣れないメイクをしているのもあって、どこか変なのではと咄嗟に俯いた。

「おい、見てみろよあの子」
「へえ」

 聞きたくないのに耳に入る。いや、もしかしたら私のことじゃないのに、自分が勝手に意識してるだけかも……。

 そう思って見ても無性に恥ずかしくなってきて、私は自分のつま先一点を見つめて歩き続けた。次の瞬間。

「……えっ」
「前を見て歩かないと危ないぞ」

 一、二メートル先を歩いていたはずの文くんが目の前にいて、しかも手を繋がれていた。

 大きな手に包まれた感触で頭の中はいっぱい。今、すれ違っていった男性の存在もすっかり消えてなくなっている。

「ごっ、ごめんなさい。考え事してて」

 急な出来事にまだ混乱してる。だって、文くんはまだ私の手を掴んだまま。

 しどろもどろになって彼を見上げる。瞳に映る彼は見たことのない顔をしていた。

 柔らかい表情じゃない。
 だけど、怒っているのともまた違う。彼の至極真剣な双眸に吸い込まれる。

 私は目を逸らすことも手を離すこともままならないまま、ただ彼を見るだけ。

 まるで時間が止まったような錯覚さえ覚えていると、文くんが「ふ」と小さな笑いを零す。
 同時に普段の雰囲気に戻ったのを感じ、私は全身の力が緩んだ。