エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

 次の瞬間、文くんは私の右手を掴んで、そのままフォークを咥えた。
 ケーキがなくなるとすぐに手もフォークも解放されたけれど、今の一瞬の出来事に衝撃を受けて動けない。

「おお。チョコなのに甘すぎない」
「そりゃ、お前も食べると思ったからな」

 文くんの感想に即答したのは、水をサーブして回っていた公孝さん。どうやらランチのピークも過ぎて、フロアの業務をしていたらしい。

「き、公孝さん。ケーキもとっても美味しかったです。ごちそうさまでした」

 私は笑みを浮かべてお礼を言いつつ、さっきの文くんの行動は見られてなかっただろうかと不安になる。

 文くんは全然気にしてない様子だけど、あれはちょっと恥ずかしい。
 私は文くんが好きだから余計に。

「お粗末様でした。喜んでもらえてよかった。にしても、お前、見せつけるんじゃねえよ。彼女と別れたばっかの俺への当てつけか」
「はあ?」

 やっぱり見られてた! どうしよう!って言っても、もうどうすることもできないんだけど!

 私ひとり狼狽えていて、当の文くんはさっぱりだ。

「とぼけやがって……。ま、いいわ。文尚こそ長いこと彼女いなかったしな。俺はデキた大人だから心から祝福するよ」
「なんかよくわかんないけど。あ。公孝、これお願い」

 文くんは首を捻って零し、ケーキの残りが乗ったプレートを持った。公孝さんはそれを受け取り、「了解」と言ってパントリーへ下がった。

 私がまだ恥ずかしい気持ちを抱えて俯いていると、文くんがコーヒーを飲み干して言う。

「それ食べ終えたら出ようか」
「うん」

 ニコッと笑って返すも、胸の内は複雑な心境だった。

 やっぱり文くんは私のことをなんとも思っていない。わかっていたはずなのに、私が勝手に反応して、無意識に期待していたのかもしれない。

 無意識って怖い。気をつけなきゃ。
 これ以上無駄な望みを抱いたら、傷つくのは自分なのだから。