エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

「あ、ああ! うん。でも文くんの家にも素敵なカップあったし」

 恥ずかしくてまともに顔を見られない。すでにカップを文くんに預けていてよかった。もしかすると、動揺で手を滑らせていたかもしれないもの。

「ペアだって。ちょうどいいじゃん」
「えっ……」
「ミイが気に入ったんだろ? じゃあ買おう」

 彼はそう言ってカップを戻し、二個入った箱を取る。
 文くんが買う流れになって、さすがに私は慌てた。

「それなら自分で」

 箱に触れようとしたものの、文くんはひょいと私の手を躱す。直後、上半身を屈めて顔を覗き込み囁いた。

「今日はミイが主役。素直に甘えてな」

 こういうふいうちの笑顔は反則だ。それも至近距離で。

「う、うん……ありがとう」
「会計してくるから待ってて」

 私にそう言い残し、文くんはひとりで行ってしまった。

 八歳も年上だから当たり前なんだけど、言動が大人で全然対等になれない。いや、対等になりたいと強く思ってるわけじゃない。

 ただ、やっぱりいつまでも彼にとっては子どものままなのかなって考えて、ちょっとだけ虚しくなる。

 ひとりで辺りの商品を眺めて回っていたら、文くんが戻ってきた。その後も順にワンフロアずつ見て歩く。

 筆記用具コーナーでは、文くんが手帳を見て、私はパソコン周辺グッズを見て。ユニーク雑貨でふたりで笑って、文くんが仕事中愛用してるという腕時計と同じブランドのものがあったので、ショーケースを一周した。

 ビルを出たのは約二時間後。すごくゆっくりしていたと思う。

「もう昼だな。今日、俺の知り合いがやってる店に行こうとしてたんだけどいい? 留学する前は定期的に通ってて、帰ってきてからまだ顔出してないんだ」
「え! 行きたい!」

 文くんのことがひとつ知れる喜びで即答する。

「よかった。じゃ、行こう」

 ふわっと笑顔を向けられて、どぎまぎするのを隠しながら彼についていく。

 ふと、ショーウインドウ越しに自分と文くんの姿を見た。

 私たちは手は繋がないし、微妙な距離を保ったまま歩いている。
 それが当たり前と知っていても、視覚で突きつけられた距離感に虚しさは拭えなかった。