エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

 ずっと廊下から足音は聞こえなかったと思う。

 もしかして文くん、まだリビングで仕事してるの?

 そろりとドアの隙間から身体を出して、ゆっくりリビングへ向かう。
 リビングドアの細い縦長のかすみ窓からは明かりが漏れてる。やっぱりまだ寝室に行ってないんだ。

 私は迷ったものの文くんの体調がどうしても気になって、音を立てないようにドアを開けた。息を潜めて覗いた瞬間驚いた。
 文くんはソファでうたた寝をしていたのだ。

 離れた位置から、座った状態で眠る彼を見る。仕事をしていて限界がきて、寝落ちしたらしい。タブレットは彼の横……ソファの座面に無造作に置かれたまま。

 車のシートで寝てしまった体勢に似ているけど、あれで長時間寝てしまったら首を寝違えそうだし、身体も痛くしそう。

 私はおずおずと歩み寄り、思い切って声をかけた。

「文くん、ベッドで寝て? 疲れ取れないよ」

 そっと肩に触れて、すぐ手を離した。すると、文くんが反応する。

「……ん」

 身体を動かした拍子にタブレットがソファから落ちそうで、ローテーブルの上に移動させておく。その間、文くんは重そうな瞼を押し上げた。

「あぁ、寝てた……」
「寝室まで移動できる?」
「ん。だいじょぶ」

 まだ寝ぼけている様子の文くんは、普段の落ち着いた大人っぽい話し方じゃなく、どこかあどけなくて可愛いとさえ思ってしまった。
 再び目が半分閉じかけていた文くんだったが、ちゃんと寝室へ向かっていった。

 私はリビングのドアから廊下を覗き、彼が寝室に入るのを見届けるとほっと息をつく。

「あ、タブレット」

 ローテーブルの上に置いたタブレットに視線を合わせて呟く。

 まあ自宅だし、ロックも掛かってるだろうからここに置いておいてもいいかな。

 そうして照明スイッチに指をかけ、文くんが座っていたソファを瞳に映す。

 わかっていたつもりだけど、改めて医師というのは大変な仕事だと実感した。
 直接現場を見ていなくても、自宅でそう感じるのだから、おそらく職場の姿を見ればもっとそう思うのだろう。

 特に勤務医は休日もオンコールで拘束される。はっきり言って激務だ。
 ……にもかかわらず、文くんは多分一度も辞めようかとか迷ったりしたことはないと思う。

 それは彼が将来父親の跡を継ぐためではなく、純粋に人のための医療を志しているから。

 私は知ってる。文くんがずっと前から自分の置かれた環境から与えられる使命以上に、自らの意思で人を救いたいと願っていたことを。

 父も母も祖父まで医師といった家族構成の文くんは、彼も医師になるのは暗黙の了解とでも感じられたはず。
 しかし、彼は周りの期待を重荷に感じもせず、ただまっすぐに真摯に医療と向き合ってきたのだと信じられる。

「ホント、そういうとこ……」

 ずっと変わらずカッコいい。
 彼は私にはないものばかりもっているから、必然的に惹かれるんだといつの頃からかわかった。

 だから私は、いつまでも彼を応援し続けたい。

 たとえ今後、どんな関係になったとしても。