エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

 文くんが食事を終えて、後片付けを一緒にしてからはリビングに彼を残して自分の部屋へ戻った。

 なにやら少し、確認したいものがあるらしくてソファでタブレットを操作していた。
 あれだけ疲れているのに、まだ頑張るんだ……と心配しつつも、邪魔はしたくなくておとなしく部屋に籠っているのだけど。

 気づけば午前一時半。私がこの時間まで起きているのはめずらしい。

 なんだか私も目が冴えてしまって、原稿と向き合っていた。時折、さっき誕生日に誘ってくれた文くんが頭に浮かび、手が止まることもあった。

 一緒に出掛けるのはいつぶり? っていうか、ふたりきりで出掛けるのは……本当に小さい頃におつかいに行ったり、公園に付き添ってくれたりそんなところな気がする。
 大抵は両親がいたり、真美ちゃんが一緒だった。

 すでにひとつ屋根の下でふたりきりではあるが、今日みたいに文くんは忙しくてほとんど家にいないから一緒に過ごす時間も少ない。

 誕生日は……一日一緒に過ごせるってことだよね……? どうしよう、うれしいけど怖い。

 めちゃくちゃ楽しみにしていて、土壇場になって仕事になってキャンセルっていうのも十分あり得る。

 そういう経験は何度もしてきた。九歳になる頃までは、私の両親も今の文くんと同じ、勤務医だったから。約束をしていてドタキャンされるのはしょっちゅうで、悔しい思いは幼心ながらに飲み込んでいた。

 両親を傷つけたくなくて平気なふりをした。
 それでよかった。ただ〝ふり〟だから、私も残念な気持ちは大いにあった。

 ショックを最小限にするべく、期待を膨らませすぎないようにしていった。期待が小さければダメだった時の傷は小さい。
 反対に、約束を守られた際には大きな喜びが待っている。

 そういうスタンスは癖になってしまったのか、今も変わらない。

 だから私は、昔あれほど彼の近くにいたにもかかわらず、一度も勇気を出そうとさえ考えもしなかった。成功する確率が低いのなら、リスクを冒してまで今あるものを壊さなくてもいいと思って。

 ずっと保守的思考でやってきた私に舞い降りてきた機会。ドキドキしないわけがない。
 こんなふうに面倒な思考でいるだなんて、さすがの文くんでも想像しないだろうな。

 ひとりで苦笑を零し、おもむろに椅子から立った。
 静かにドアを開け、まずは廊下を覗く。