エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

 日を重ねていくにつれ、徐々に狐につままれた気持ちになる。
 文くんとはあれきり特にやりとりもないからだ。

 夢じゃないって確かめるために、何度も文くんとのメッセージを読み返したりした。
 そのたび湧き上がる感情は、甘く切ないものと罪悪感。

 私の方は文くんが来てくれたおかげで母もなにも言わなくなったし、結婚まではまったく必要ないなと実感していた。だからせめて次に話をするときには言わなくちゃ。

 これ以上は大丈夫だからって。

「澪ーっ。ちょっと気分転換に一緒に外に行かない? っていうか行くわよ」

 部屋でスマートフォンを見ていた時に、階段の下から母に呼ばれ、ビクッとした。
 母が近くにいるわけでもないのに、慌ててスマートフォンをスリープモードにして廊下に出た。

「なに? どこに?」

 階段を下りながら尋ねると、母がニッと口角を上げた。

「たまに甘いものでも食べに行こう。時間ないから早く」
「時間ないってなに? ちょっと待って」

 母はすでに出かける準備はできていてパンプスに足を通している。私はそんな母の言動に急かされて、玄関のクロークからロングカーディガンを手に持ち、後を追った。
 鍵を閉めた母は車の運転席に乗り込む。

「車で行くの?」
「そ。たまに運転しないと勘が鈍りそうなのよ。ドライブがてらいいでしょ」

 機嫌よくそう話す隣に乗って、シートベルトを締めた。
 母の運転で着いた先は、何度か訪れたことのある喫茶店だった。

 木造の古民家を改装した店はノスタルジックで、ゆったりとした雰囲気に包まれる。しかも、ここのケーキとコーヒーは絶品。

 コーヒーを飲むようになったのは高校卒業後くらい。当時はコーヒーの銘柄など特別詳しいわけではなかった私でも、他と比べて味わい深さが違うとすぐにわかるほど。
 以来コーヒーに興味が湧いて、上手に淹れられるようになった。

 この店に最後に来たのはいつだったかな。春に一度訪れた以来かも。
 母に続いて店内に足を踏み入れると、コーヒーのいい香りに頬が緩んだ。

「あ、春菜! こっち!」
「ごめんなさい。少し遅れちゃった」

 突然母を呼ぶ声が奥から聞こえた。奥のテーブルを見ると……。

「由里子さん?」

 文くんのお母さんの由里子さんだ。
 私は思いも寄らない展開に目を見開いた。

「え、お母さん、どういう……」
「深く考えないの。ただ久々に女同士でお茶するだけよ」

 母の反応から元々約束していたのだと察すると同時に、嫌な予感がする。
 母を見ればにっこり顔でますます怪しい。