エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

 私は久しぶりに新作のイメージを膨らませるのに集中できていて、気づけば夜十時を過ぎていた。
 このペースでいけば、結城さんに言われている期日までに提出できそう。

「ふう」と軽い息を吐き、頬杖をつく。壁に貼ってあるカレンダーを見て、文くんが帰国してから今日までを思い返していた。

 怒涛の一か月……。こんなふうに仕事に没頭していたら、夢だったんじゃないかと思っちゃう。

「文くんが……彼氏」

 フリ、だけど。わかってるけど、こそばゆい気持ちが込み上げてくる。目を閉じて文くんに思いを馳せていると、スマートフォンが鳴った。メッセージの着信音だ。
 ディスプレイには【文くん】の文字。

 急いで中身を確認する。

【起きてる?】

 たったそれだけの文面で一気に鼓動が早くなる。
【起きてるよ】と返事をすれば、予想通り着信がきた。

「はい」
《ごめん。ずっとスマホ確認してなくて、今メッセージ見た》

 電話越しに聞く文くんの声は、まだ全然慣れない。
 どぎまぎしているのを隠し、平静を装って話をする。

「うん。仕事の準備とか忙しいんだろうなって思ってた。あの……お母さんの件だけど……もう言っちゃって」

 文くんが見たというメッセージは、昼過ぎに送った【お父さんにも言って大丈夫なのかな】っていうもの。
 結局、文くんの返事が来る前にお母さんがさらっと教えてしまったのだけど。

《ああ、それだけど別に俺はいいから》
「そ、そっか。よかった」
《努さん、激昂してなかった?》

 ほっとしていたら質問が飛んできて、私は数時間前を思い出す。

 父は母から文くんが今日挨拶に来たと聞いて、文くんの手土産と知らずに食べていた最中を落としていた。それほど衝撃的だったらしい。

「怒ってはなかったよ。急だし予想外で気持ちの整理がつかないとは言ってたけど」
《だよな。俺が言うのも変だけど、理解できる》

 笑い交じりに同調する文くんにつられ、私もくすくすと笑い声を漏らした。

「最後はお母さんに、『どこの誰かまったく知らない人と文くん、どっちがいいの』って問い詰められてた」
《ははは。で?》
「お父さん、『文尚の方がいい』って小声で答えてたよ」
《そう。よかった。ミイの彼氏として無事認めてもらえたんだ》

 耳に直接届いた言葉の威力がすごい。
 ただでさえ低くて色気がある声音でドキッとさせられるのに、今みたいなセリフは頭でわかってても心が勘違いしてしまう。

 私は動揺を収めるのに必死で言葉が出て来ず、無言になる。

《さてと。俺そろそろ休憩終わるから》
「あっ、そっか。ごめんね。仕事頑張って。あと、今日は本当にありがとう」
《どういたしまして》

 通話を終え、「ふー」と力を抜いた。
 耳が熱い。頬も胸も全部熱がこもってる。

 自分の手のひらで頬を冷やし、心を落ち着かせて再び仕事に戻れたのはしばらく経ってからだった。