エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

 約一時間後。私は母と玄関で文くんを見送った。
 文くんは今日当直で、これから少し仮眠を取って準備したりするらしい。

 本当は今日の午前中も厳しかったのでは?と頭を過ったけれど、確認する間もなく帰っていってしまった。

 私はとりあえず無事に終わったと心の中で文くんに感謝をしながら、湯呑を母のいるキッチンに下げる。次に菓子器を手にした時、母が小さく笑った。

「文くん、やっぱりしっかりしてるわよね。今日の手土産だって」
「え? 手土産?」
「それは私が好きな喜奏屋(きそうや)最中(もなか)。ホント、抜け目がないわ」
「あ……」

 今両手で持っている菓子器に目を落とす。
 自分がどう振る舞えばいいかとか終始考え事してたりして、文くんの気遣いに気づく余裕がなかった。

「澪、あなた、もう小さい頃とは違うんだから、これからは文くんに頼ってばっかりいないで、少しでもいいから支えてあげられるようになりなさいよ」
「う、うん」

 たじろぎながら返答すると、母は思い出し笑いをして話し始める。

「もー澪ったら、昔はいつも『ミイが病気したら文くんが治してね』って事あるごとに言ってたじゃない? 実際、風邪ひいたりしたら絶対文くん呼ばないと機嫌損ねたまんまで」
「そんな昔の話……やめてよ」
「『ミイの文くん』って、文くんいるときはずっとひとり占めしてたじゃない」

 途端に顔が熱くなった。
 母の冷やかし交じりの話題は、私もちゃんと覚えてる。

 文くんの両親も医者だと知った私は、文くんもお医者さんになるって信じて疑わなくて、そんな無茶なことをお願いしていた。

 実際、風邪をひいたり怪我をした際には、文くんが様子を見に来てくれて。もちろん、処置を施したりはしないんだけど、不思議と元気になれた気になって、ますます文くんへの信頼を厚くしたんだよね。

 ……本当、一方的な話。昔も、今も。

「あの頃、周りはみんな『ミイちゃんの主治医は文くんしかいないね』なんて言ってたけど、主治医どころか恋人になるなんて……人生なにが起こるかわからないわね~。本当にひとり占めじゃない。ところで、相手が文くんならお父さんに報告してわよね」
「で、でも文くんにも聞いてみないと」
「文くんだってわかってるわよ。私に挨拶来たってことは、言わずもがなお父さんにも話が伝わるって」

 戸惑っていると苦笑交じりで返される。本当に大丈夫なのか不安で、母と話をした後に文くんにメッセージを送ったけど既読にならなかった。

 そのうち夕方になり、学会から父が戻ってくると、母は頃合いを見計らって今日の出来事を報告したのだった。