エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

「えっ。文くんじゃない! どうしたの?」

 母の驚いた声が聞こえてきて、私は階段を駆け下りた。
 玄関には、黒いパンツに襟つきの白いシャツ、ジャケットを羽織った文くんがいた。

 彼は母に向かって笑顔を向け、軽く頭を下げる。

「おはようございます。この間は帰国パーティーありがとうございました」

 さっきまで慌てていたのに、今は文くんに釘づけだった。

 大人らしい清潔感のある装い、自然な挨拶と笑顔。すべてが完璧で、ふたりの間に入りもせずに彼に見入っていた。

「いいのよ。数年ぶりに文くんに会いたかったし、由里子さんたちと飲むのも楽しいんだから。それより、今日はなにか大事な用でもあった? ごめんなさい。今、あまり時間取れなくて。これからお客さんが来る予定なのよ」

 母は文くんがここへ来た理由にまったく気づいていない。

「あ……文くん。おはよう」
「おはよう。ミイ、寝坊しなかった?」
「だ、大丈夫だよ。ちゃんと七時に起きた」

 私に柔らかく微笑む文くんに頬が熱くなる。反応しないようにしようとしても、止められない。頻りに視線や手を動かしてそわそわしてしまう。

 すると、母が私と文くんの顔を交互に見やって、徐々に目を大きくさせて呟く。

「えっ。もしかして……」

 私はついにこの瞬間がきたと、緊張して肩に力を入れる。

「大事な用で来ました。ミイの彼氏として」

 文くんは落ち着いた声でそう告げると、母に向かって美しいお辞儀をした。
 完全に固まった母を横目で見て、衝撃を受けているのを確認すると同時に共感する。

 これは彼の演技だ。
 知っていても彼から目が離せず、胸が高鳴る。

「び、びっくりしたわ……。ええと、そうね。とりあえず中にどうぞ」

 看護師歴二十年以上の母は、普段から多少のことには動じない。
 だけど、さすがに今の状況には驚きを隠せないらしく、どこかぎくしゃくしている。

「はい。おじゃまします」

 比べて文くんは終始冷静に見える。長年外科医をしていたら、肝も据わるのかもしれない。

 脱いだ靴を揃えて立ち上がった彼は、私を一瞥して小さく口の端を上げた。
 まるで『任せて』とでも言うように。

 ふたりの後を追ってリビングへ行き、母が入れてくれたお茶と文くんが持ってきてくれた和菓子を運ぶ。

 文くんは母に促されてソファに。私と母はローテーブルの角を挟み、L字で座った。
 私と母が座ると、文くんは改めて頭を下げる。