エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

「ねえ、澪。ところであなたの彼氏なんだけど。いくつなの?」

 ふいを突かれ、バッ顔を上げる。

「そのくらい教えてくれてもいいじゃない? もちろん、誰にも話さないわ。母親だもの。娘の恋人に興味があるの。いくつで、今はなにをしている人?」

 母の顔を見れば、冷やかしではなく親として娘の相手を知りたいといった心情が伝わった。

 ひとつ嘘をつけば、さらにもうひとつ嘘を重ねなければならなくなる。
 このままだといい結果になどならないってわかっているのに……素直になれないのは自分が弱いからだって理解してる。

 きゅっと下唇を噛んで、膝の上の手に力を込めた。

「と、年上。……年上の人」
「へえ。どのくらい上の人なの?」

 こんなことなら、新作のキャラを考えるついでに、架空の彼氏のプロフィールも作っておくんだった。あまり間を空け過ぎたら変に思われる。

 焦りを滲ませる私の脳裏に過ったのは文くんだった。

 冷静に怪しまれないように薄っすら口を開く。

「……八つ、だったかな」
「え! 思ったより離れてるのねえ。あ、別に当人たちがいいならいいんだけど。で? 仕事は?」

 次々に飛んでくる質問に、いよいよだんまり。

 今、真っ先に浮かんだのは〝医者〟。私の頭の中には文くんが浮かんでいるためだ。
 が、間違ってもそんな答えはできない。私の両親はともに医者だし、さらに深く突っ込まれればきっとすぐにバレる。

 どうする? 適当に言っとく? 出版社で会った他の作家さん……編集者……近くのカフェ店員……。

 追い込まれた私がぐるぐる考えていたら、母の目が鋭く光った。

「澪。あなたなにか隠しているでしょ」
「えっ」
「わかりやすすぎる。初めから態度がおかしかったわよ」

 怜悧な瞳を向けられ、冷や汗を流す。

 ここで白状するべきか。そうすれば、私はまだ結婚や将来について深刻に考えるところまで行きついていない、そっと見守っていてほしいって伝わると思う。
 だけど……。

「で? なにを隠しているの?」
「こ、今度連れてくる」

 気づけばそう宣言していた。
 母は度肝抜かれたのか、驚いた顔をして固まっている。

「今週の土曜でしょ? お父さんの学会。まだ相手にスケジュール確認してないから、わかんないけど」

 早口で伝え終えるや否や、すっくと立ち上がる。襖へ足を向けると、背中越しに言われた。

「わかった。あ、別に仕事に影響ありそうなら無理しなくていいから。よろしく伝えておいて」

 母の気遣いを受け取って、私は「うん」とだけ返して和室を出た。
 その足で階段を上り、自分の部屋に戻る。堪らず深い息を漏らして、ベッドに横たわった。

 さっき私、迷った末に……身勝手な考えで判断した。

 もう後には引けない状況なら、いっそ短い期間だけでも彼と特別な関係を続けたいという気持ちが勝った。こんなの、エゴ以外のなにものでもない。

「……最低」

 自己嫌悪に陥った私は、その日は寝るまでずっと暗い感情を引きずった。