エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

「でもね? ほら、よくよく考えたら、私たちって親同士も仲が良いから、こう……全部嘘でもお別れする時がすごくリスクある気がして」

 自分でもひとくちには説明しきれない複雑な思いが胸の中を巡る。

 微かに残っていた長年の彼に対する気持ちは、再会とともにあっさりと芽吹いた。やっぱりいいなあって感じたのが素直な感想で、これは異性に対する緊張感だと自認してる。

 初恋の彼とひと時でも特別な関係になれる。

 そんな常識も矜持も捨てた願望と、契約結婚だなんて現実的ではないから思いとどまれっていう理性がせめぎ合っている。

《ま、俺のせいにしておけばいいよ。親同士はよっぽどじゃなきゃ仲違いなんかしないよ》
「だっ、ダメだよそんなの!」

 両家の仲に亀裂が入るようなことは絶対に嫌。

 文くん、やけに軽く考えてない? でもさっきも本気だって言ってはいたし……。

 すると、彼は短く唸り声を漏らす。

《んー、努さんミイに関してだと怖そうだから、一応浮気とかじゃなく、せめて仕事忙しすぎて寂しい思いさせたとかにするか》

 最後は軽く笑いながら提案してくるものだから、唖然としてしまう。

《ごめん、ミイ。俺、仕事の電話鳴ってる》
「あっ。ごめんなさい」
《いや。連絡したの俺だし。じゃ、なにかあったら連絡して》

 通話終了のディスプレイを見つめ、しばし静止する。

「なんで……」

 あんなに簡単に……。軽すぎない? もっと慎重になるよね? 当人同士の問題だけじゃなくて、家族や職場や……結構大ごとだもの。まして普通じゃない結婚なら。

「あ」

 ――『俺も少し前から周りがうるさいんだ。結婚相手の紹介とか』

 文くんの言葉を思い出す。

 もしかすると、私だけじゃなくて文くんも現在進行形で煩わしいと思っているから? 利害一致してるし、彼なりに本気で考えて……ってことなのかもしれない。

 納得した私は、ベッドに移動してうつ伏せに寝転がる。顔を横に向け、スマートフォンに焦点を合わせた。

 文くんから連絡をくれた。電話で話すのものすごく久しぶりだった。いや、今日みたいに雑談の電話は初めてだ。
 さっきは狼狽えるばかりで自分の感情は二の次だったけれど。

「……うれしい」

 ぽつりと言葉にすると、ますます気持ちが高揚する。
 喜んでる場合じゃないのはわかっているのに、私はしばらく彼からの連絡の余韻に浸っていた。