エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

「俺、軽々しく『大丈夫ですよ』とか、患者に言わない」
「え?」

 急な話の変化に戸惑い、うっかり顔を上げてしまった。刹那、彼は私の頬に手を添え、苦しそうな表情を浮かべて言う。

「期待させた後の失望は、絶望に等しいと思ってるから」

 文くんのポリシーには共感する。
 私はそっと文くんの手を外して、微苦笑を浮かべた。

「そういう考えなら、やっぱり別れよう」
「違う。でも澪に対する俺の気持ちは大丈夫。変わることがあっても、それは決してマイナス方向じゃないってわかる」
「気持ちだけじゃ……ダメなこともある」
「例えば?」

 即飛んできた質問に、私は一拍置いて答える。

「結婚は私たちだけの問題じゃない。家族も家も関わってくる。文くんは……天花寺家の跡取りだから。私のせいで余計な迷惑とか苦労をかけたくない」

 初めてまっすぐ文くんの目を見た。
 すると私の言葉を受けた文くんは、意外な反応を見せる。

「俺が苦労するって? そんなに俺って頼りがいない? 俺は親族の言葉に左右されて大事なものを見失うほどヤワじゃない」

 声こそ荒らげたりはないものの、口調や視線の動かし方など端々から苛立っているように感じられる。

 思わず委縮し、肩を窄めると同時に突き放される。

「――わかった」

 先に目を逸らされた瞬間、大きなショックを受けると同時に焦慮に駆られる。

「えっ……文く――」
「やることあるから病院に戻る。ああ、これ。持ってきたから置いてく」

 文くんは淡々とそう言って、手にしていた紙袋をデスクの上に置いて部屋を出ていった。
 彼が目の前からいなくなって、茫然と立ち尽くす。

 どのくらいそうしていたか、わからない。

 おもむろにデスクへ足を動かして、彼が残していった紙袋の中身を確認した。
 瞬間、涙が溢れ出す。

 中には『19』以降、手を付けていないアドベントカレンダー。
 そしてもうひとつは、昔私が文くんからもらった児童書。

「う……あぁ……ッ」

 私は本を両手で抱え、その場でくずおれて延々と頬を濡らした。