エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

「わっ。え? 澪!? どうしたの、こんな朝早く!」

 ゴミ袋を片手に玄関から出てきたのは母だった。

「お母さん! 仕事は?」
「今日はお父さん勉強会で休診なのよ。そんなことより、あれから身体の方はどうなの?」
「あ……うん」

 咄嗟だったせいで、うまく取り繕えなかった。
 当然、母はなにかを見抜いたようで、神妙な面持ちで玄関への道を開けた。

「先に入ってなさい。今ゴミ捨てて来るから」

 私は黙って頷いて、久しぶりの実家に足を踏み入れた。

 リビングに入り、ダイニングチェアに腰を落として「ふう」と息を吐く。
 しかし、緊張は継続したまま。

 すぐに戻ってきた母は、珍しく私にコーヒーを淹れてくれた。カップを私の前に置いて、正面の席に座る。

「で? 澪がここに来てるの、文くんは知ってるの?」

 私が黙って首を横に振ると、母は苦笑した。

「薄々そんな感じはした。ケンカ……は、あまり想像できないわねえ。澪が怒ることはあっても、文くんはよっぽどじゃないとないだろうから」

 私はなにも言えなかった。ただ手元にあるコーヒーに視線を落とし、小さく下唇を噛みしめる。

「まあ、話したくないなら今はいいわ」

 母は数秒前とは打って変わり、明るい声音で言った。

「ごめん。ちゃんと話すから。だから、もう少しだけ時間がほしい」

 なんとか声を絞り出し、ゆっくり顔を上げる。

「まだ……私も頭の中が混乱してると思う。ちょっと落ち着いて……ひとりで考えたいなって。だから、しばらくここにいていい……?」
「わかった。でも、文くんへはちゃんと自分から連絡入れなさい。じゃないと、承諾できないわ」

 母は陽気で時々姉のように若々しいノリで接して来たりして、そういうところが楽しくて好き。
 だけど、こうやってきちんとすべき部分は厳しく言われる。とてもありがたくて、大切な存在。

「はい」

 私は母の目を見て、しっかりと返事した。
 すると母は、凛とした雰囲気から一変、いつもの柔らかな表情でニコリと笑いかけてくれた。