エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

「今月の最終土曜日に学会があるみたいなのよ~。その日はどう? 彼氏に聞いてみてくれる?」

 学会!? もう、本当にタイミングが悪すぎるよ!

 内心動揺していると、母はIHクッキングヒーターの前に移動し、鍋に野菜を入れて炒め始めた。

「……わかった。確認してみるから。じゃあ私、もう上に行ってもいいかな?」
「うん。手伝ってくれてありがとね」

 そそくさとキッチンから出て、二階の自室へ入る。ドアを閉めた途端、長く重くため息がこぼれ落ちた。

 ああ、どっと疲れた。
 母は、『早めに結婚しなきゃダメ!』などと直接的な強要はしてこないけれど、『結婚してくれたらいいな』っていうスタンスで強引かもしれない。

 女性同士で盛り上がる話のひとつ。母子って同性だから、そういった話題では友達のように楽しく会話する親子もいるらしい。

「私には向いてないな……」

 ちょっぴり母へ申し訳なく思ってつぶやいた。

 デスク横のブックシェルフへ移動し、一冊の児童書に指をかけた。瞬間、ポケットから着信音が聞こえてきた。なにかの拍子で音量設定が変わっていて、大音量にものすごく驚く。

「きゃっ……びっくり……」

 ドクドク鳴る胸に手を添え、スマートフォン見る。ロック画面に表示されていたメッセージの送信主に目を丸くした。

「えっ」

 ……文くん? なに? どうして?

 私がメッセージひとつでこんなに動揺しているのには理由がある。

 彼とは年に一、二回家族ぐるみで直接会って話すのがほとんど。彼が留学していた三年間はもちろん、留学前も一年くらいは連絡のやりとりをしていなかったから。

 メッセージアプリのアカウント、変わってなかったんだ。だったら、電話番号ももしかしてそのままなのかな。

 跳ね回る心臓をどうにか落ち着けつつ、ふとさっき手に取りかけた本に目を向けた。

 八~九歳向けの魔女が主役の本。十三歳の魔女の子が、ひとり立ちを目的として家を出て冒険をし、見知らぬ街でいろんな人と出会って成長する物語だ。
 小学一年生の誕生日プレゼントで、文くんからもらった。

 本の内容自体が大好きだし、さらに贈り主が片想いの相手だったものだからずっと大事にしている。

 ……私、全然連絡も取り合わず、会うのだって家族交えてでしかないのに未だに文くんをいいなって思ってるの……すごいよね。っていうか怖いよね。

 だけど――。