エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める

「澪」
「え。あっ、なに?」

 帰宅してからソファでぼんやりしていたら、文くんの声で現実に引き戻される。

 あの後、仕事から上がってきた文くんが会計を済ませてくれて、まっすぐマンションへ戻ってきていた。

 文くんはさっきの東郷先生のように、不安そうな顔つきでこちらを見る。

「体調もまだ万全じゃないし、疲れただろう? 今日はゆっくりして。食事は俺が用意するよ。なにが食べたい?」
「文くんこそ、当直明けで疲れてるでしょ? 私はもう平気だから」
「ダメ。澪の自分に対する『平気』はあてにならない」

 私は隣に座った文くんの顔をおずおずと見る。

「あの……〝澪〟って……」

 実はずっと気になっていた。

 文くんの私の呼び方が完全に変わった。

 少し前から、ふいに呼び捨てされることはあった。でも、基本的には昔ながらの愛称だった。
 それがなぜか昨日から『澪』と呼ばれている。
 人前だけでなく、ふたりきりでも、だ。

「さすがに職場で『ミイ』とは呼べなかったから。でももうこのまま澪って呼ぼうかと思って。夫婦になったからこれからもそういう場は多くなると思うし。俺、結構気に入ってる。澪は嫌?」

 夫婦になったから――。
 なにげなく言われた言葉は、とても重みのあるもの。

 私たちは恋人の時間を飛ばして夫婦になった。
 別に抵抗はなかった。ずっと文くんだけを想ってきたし、文くんはもちろん彼の家族とも長い付き合いで人となりは知っているから。

 私たちの括りが『恋人』であっても『夫婦』であっても、一緒にいられるなら細かいことはどうでもよかった。

 いや。むしろ本音を言えば、夫婦の方が法的にも繋がっていると思う分、心のどこかで安心感を覚えていたかもしれない。

 だけど今、夫婦という関係性に重責を感じる。

「澪?」
「あ、ごめん。うん、全然嫌じゃない。うれしい」

 パッと顔を上げ、笑顔を見せた。が、文くんは真面目な表情でジッとこちらを観察し、私の頭に軽く手を置いた。

「やっぱりまだ本調子じゃないよな。ベッドで横になったらいい。俺も今日はこの後なにもなければ家にいるし、ゆっくりしな」
「……ん。ありがとう」

 私は寝室に行って、ベッドに横たわる。