どう考えても『いや、別に』という間でも顔でもなかったけれど、さすがにそれをそのまま口にする勇気はない。
あれはこれ以上聞いたらいけない間だった。

チラッと見ると、蓮見さんの涼しい横顔がある。もう冷静さを取り戻したようだ。

でも、過去の恋愛に関しての質問に、きちんとごまかさずに答えてくれるとは思っていなかったので、正直意外だった。

私にはそんなことを話す必要もないと考えそうだし〝おまえには関係ない〟のひと言で済まされるかとも思っていたのに。

そういえば、昨日も今日も、私の作った夕飯にきちんとおいしいと言ってくれた。私に合わせているだけにしても〝いただきます〟も〝ごちそうさま〟も〝いってきます〟も〝ただいま〟も言ってくれる。

婚姻届だって、私の気持ちが落ち着くまで待ってくれるという話だ。
表情筋が硬いだけで、思っているよりもドライではないのかもしれない。

気付けば、蓮見さんのことを知りたいという気持ちがむくむくと起き上がっていた。

「あの、この部屋って今回の同居にあたって契約したんですか? その、ひとりで住むにはずいぶん広いなって思って」

メッセージで散々慣らしたからか、蓮見さんと会話することのハードルがなくなっていることにも、自分の態度が家族や友達を相手にしているような、フラットなものになっていることにも今、気付いた。

ほうじ茶の香りが和やかな空気に混ざる中、蓮見さんはタブレットをテーブルに置いて、私と同じように背もたれに体を預けた。

しっかりと私と話す体勢を作ってくれたのがわかり、自然と顔も心もほころんだ。