そんな、勇敢で可憐な彼女は中等部でも人気で、先輩からも後輩からも好かれていたという。けれど、その中に中等部理事を務める娘の想い人がいたらしく、校内では派閥ができていた。
そういう空気を嫌って、春乃は昼休みのたびに大学に逃げ込んできているのだと、秋斗からいつだったか聞いた。
『意地っ張りで勝気なところもあるのにさ、なんか急に黙っちゃうときがあるんだよな。聞いてみても、しかめっ面で〝仕方ない〟としか答えないし。弱味でも握られてるのかな』
あのときの秋斗の疑問は俺の中にも残り続けていたけれど、それが二週間前に解けた。
『印籠みたいなものなんだよ。〝社長令嬢だから〟って言われたら、私は黙るしかなくなる』
マンションに向かう車の中、携帯から聞こえた春乃の悲痛な声は震えていて胸が痛かった。
あの頃から、十年以上だ。その間ずっと春乃は飲み込んできた。
ゆっくりと隣を見る。
俺の機嫌をうかがうような眼差しとすぐに視線がぶつかったので、安心させるように目を細めた。
伸ばした手で彼女の手を握ると、春乃は少し驚いたのか瞳を揺らした。
「秋斗から話を聞くうちに、いつの間にか知った気になってたんだ。だから、大学を卒業して働き出した頃、秋斗からおまえが人間不信気味になっていると聞いたときには耳を疑った。あれだけ屈託もない笑顔を浮かべて秋斗にじゃれついていた春乃が塞ぎ込んでるなんて想像するだけでいても立ってもいられない気分になった。その時だ。それまでもあった興味が、一気に振り切れたのは」
まぁ、放っておいてもそのうちに俺のことを聞きつけて現れるだろうと考えて数年。
そういえばまだ現れないなと、秋斗と連絡をとるたびに疑問を抱くようになって数年。
別に、春乃を好きだったわけではないが、いずれ来るだろうとほぼ確信していた彼女が一向に目の前に現れないという事実にそのうちに気持ちがじれはじめていた。



