「使え」
頭の中で玄関スペースの評価をつけている間に蓮見さんによって、アイボリーのふわふわした素材の真新しいスリッパが床に置かれる。
男性のひとり暮らしなら、来客用はおろか、蓮見さん自身が使わないタイプの場合、スリッパが一足もない可能性を考えた。
その場合、よそのお宅にスリッパなしであがるのは気が引けたため、一応携帯用スリッパを持参していたのだけれど、せっかく用意してくれたので、お礼を告げそちらを使わせてもらうことにする。
蓮見さんは……と思い、もう歩き出している足元を見ると、彼は黒いスリッパを履いていた。
室内ではきちんとスリッパを履くタイプのようで、そこの価値観の一致に少しホッとすると同時に、私に与えられたふわふわのスリッパを不思議に思う。
誰用なのだろう。
政略結婚の相手のためにわざわざスリッパを新調するとも思えないので、これは来客用とかそんなところだろうか。
だとしたら、このふわふわスリッパは履き手を選びそうで来客用には相応しくないように思えたけれど、私は昔から冷え性でとくに指先足先は症状がひどいので、あたたかいスリッパはとても助かる。
計画完了までどれくらい時間がかかるかはわからないにしても、何日かは履くことになる。無事婚約破棄に持ち込んだあかつきには、私が散々履いたこのスリッパは引き取らせてもらい、代わりの物を用意しよう。



