政略夫婦が迎えた初夜は、あまりに淫らで もどかしい



「でもね、私思うの。あなたがまっすぐで他人に気を払えるのは、単に心に余裕を持って過ごせているからってだけなのよね。ただ、置かれた環境がよかったってだけの話。ラッキーだっただけでしょ。だから、あなたが〝いい人〟とか〝優しい〟って評価を受けるのは違う」

ああ、嫌だなと思う。

口の中の血の味も、手首から肘まで落ちてくる水滴の感触も、今から告げられるであろう言葉も、全部が不快で仕方ない。

「社長令嬢で、どうせずっと大事に育てられて、今だって周りにちやほやされて毎日過ごしてるんでしょ? 苦労もしないでここまできたくせに、なんでもない顔して蓮見さんの隣に立って……どうして? 私だってそんな人生がよかっ――」
「――またそれ?」

プツリとなにかが切れ、意識せずとも口を開いていた。

それまで黙っていた私が発した声に、それにこもった怒気に、柳原さんが少し驚いた様子で黙る。

話すと頬が痛いのはわかっているのに、沸々と湧いてくる怒りの逃がし方が他にわからなかった。
氷の入ったタオルを膝の上に下ろし、柳原さんを見据えてわずかに首を傾げた。

「〝社長令嬢だから〟なに? 社長令嬢だから努力もしなければ苦労もない? 私のいいところは全部環境のおかげ? 悩みのない人生? それ、本気で思ってるの?」

ペラペラと話し出した私に、柳原さんは小さく「え……」と漏らす。
戸惑っている様子だったけれど、気にせず続ける。

「社長令嬢にだったら、なにを言っても許されるの? 傷つけてもいいって、どうして思うの? 〝社長令嬢だから〟私は、あなたになにを言われてもただ我慢して従えって言いたいの? それ、正気で言ってるならどうかしてる」

〝社長令嬢だから〟
それは、これまで飽きるほど言われ続けてきた言葉だ。