「初めまして。宮澤春乃と申します。こちらにお住いの蓮見さんに用事があって伺ったのですが……」
話している途中で、エレベーター横にあるインターホンの存在に気付いた。
あれで部屋番号を押せばよかったのか。
無駄な手間をかけさせてしまった、と思いながら引き下がろうとしたのだけれど、六十代半ばに見えるおじさまは「宮澤さまですね。蓮見さまから伺っております」と返した。
どうして、と一瞬抱いた疑問を追いかけるようにして答えが浮かぶ。
コンシェルジュなのだから、部屋の住人の人数や名前、顔は把握しているのだろう。そうでなければ不審者の見分けがつかない。
それにしても、蓮見さんがもう私のことを伝えてくれている迅速さに驚いた。
母が言うには〝気が利く優しい人〟らしいし、一応、困らないように考慮してくれたのだろうか。
コンシェルジュのおじさまがロックを解除し、呼んでくれたエレベーターで八階まで上がる。
天井と床はグレー、壁は木目調という落ち着いた色合いの通路を進む。かなりの間隔を空けて設置されている黒い玄関ドアにはゴールドで数字が刻まれていた。
蓮見さんの部屋は〝803〟。
一番奥の部屋だった。
こんなに広いフロアなのに三戸しかないのか、と驚愕しつつ玄関ドアの前に立ち、インターホンを押した。



