グレーとベージュを基調とした八階建ての建物は臆することなく大通り沿いにどんと構えていて、存在をこれでもかってほど主張している。
エントランスまで続く通路には緑が添えてあったり暖色の照明が灯っていたりと柔らかい雰囲気はある。
でも、無駄なものなんてなにもない洗練されたデザインに圧倒され、なかなか足が踏み出せなかった。
それでも、ガラスの向こう側からすでに私をロックオンしている上品なおじさまコンシェルジュがニコニコと微笑んで待っているので、仕方なく歩き出す。
あまり立ち往生していたら不審者だと思われかねない。
九月中旬の外気が気持ちよく肌にあたる。
秋は四季のなかでも一番過ごしやすくて好きな季節なのに、上空に広がる綺麗な空とは反対に私の心はどんよりと重たくなる一方だった。
実家は父が持てる技術をすべてつぎ込んで建てた自慢の一軒家なので、マンションには慣れていない。
こんな高級マンションなら階ごとにもオートロックがありそうだし、部屋まで行くだけのことで迷ったり困ったりするのも面倒だ。コンシェルジュがいてくれてよかった。
五十メートルプールが作れそうな広さのエントランスはシンプルで、壁には一枚の大きな絵画が飾ってあり、雰囲気も相まって美術館のようだった。
本当に誰か住んでいるのだろうかと疑問を抱くほどに静かだ。
静かなエントランスに私の足音だけが響く。



