「I want you to be my wife.
Will you marry me?」
(僕の妻になって欲しい。僕と結婚して
くれますか?)
そう言ったレイを、紫月は信じられない
思いで見つめる。
-----婚約ではなく、結婚。
彼は今、確かにそう言った。
そうして、紫月の心はどうしようもない
ほど、彼に奪われている。
だから迷うことなど、何もなかった。
紫月は柔らかな微笑みを湛え、頷いた。
「I’d love to.」
(喜んで)
そう答えた瞬間、彼の腕に抱き上げら
れた紫月の身体はくるりと回りながら宙
に浮いてしまう。
「きゃ…っ!!」
びっくりしてレイの肩にしがみついた
紫月の耳に、「愛している」とささやく声
が聞こえる。「私もよ」と、そう返す代わり
に、紫月は彼の腕に抱き上げられたまま、
その唇にキスを落としたのだった。
-----その女性を見つけたのは、ほんの
偶然だった。
ホテルのレストラン経営の繋がりから、
招待されたサカキグループの創立記念
パーティー。
僕は仕事の都合で少し遅れてホテルに
辿り着き、ひとり、その会場に足を踏み
入れようとしていた。
その時、視界の片隅にひらりと淡い色彩
が映り込んだ。気になってそちらを向けば、
二人の女性が会場から少し離れた場所に
ある、モダンな椅子に腰かけている。
一人は蹲るようにして口元を覆い、
その女性を介抱するように、ピンクのドレ
スに身を包んだ女性が背中を擦っている。
僕はドアノブにかけていた手を離し、
その二人の女性の元へと足を向けた。
「失礼。ご気分が優れないのですか?」
僕を見上げた女性が、小さく頷く。
瞬間、僕の心臓は今までにないほど、
強く胸を打ちつけていた。
繊細で儚げな、白い撫子を想起させる
ような美しい顔立ち。綺麗に結い上げら
れた髪は光を纏い、露わになった狭い額
は、彼女の理知的な内面を映し出してい
るように見える。
-----聡明で花のように美しい、女性。
彼女に抱いた印象はそういうもので、
思わず見惚れてしまった自分を意識し
ながら、僕は口を覆っている女性に目
を移した。
「どうやら、口にしたお酒が身体に
合わなかったようなんです。急に気分
が悪くなってしまった、と」
僕はその場に跪き、女性の顔を覗く。
50代半ばほどに見えるその人は、眉間
のシワを深くしながら、生唾を飲み込ん
でいた。
「それはいけませんね。僕がホテルの
者を呼んできましょう」
そう言って立ち上がると、彼女はいいえ、
と首を振った。
「この方は父の知り合いで、私はご主人
とも面識があるのです。彼は今、会場に
おりますので、私が声を掛けてきます。
ですから少しの間、付き添っていただけ
るでしょうか?」
鈴の鳴るような声でそう言った彼女に、
僕は「もちろん」と微笑を向けた。
そうして、くるりと背を向け去ってゆく
背中を見つめる。
数分後、戻ってきた彼女にどんな言葉を
かけようか?
そんなことを思いながら、その女性に
付き添っていた僕は、数分後、心配そう
に歩み寄ってきた年嵩の男性の背後に、
彼女を見つけることが出来ず、静かに
落胆した。
それから、半ば、彼女を探すように
会場に足を踏み入れる。
目を凝らし、人混みを掻き分け、
けれどようやく見つけたその人は、
壇上で悠然と式典の挨拶を述べている
その男性に、心を奪われていた。
僕はただ、離れた場所から彼女の横顔
を見つめることしか出来なかった。
その後、彼女と再会する機会が訪れた
のは2度。
そのどちらも、同じように遠くから
見つめるだけだったが、3度目。
祈るような想いで手を伸ばし、ようや
くこの手に掴まえることが出来たその人
は、今、僕の腕の中にいる。
僕は白い枕に顔を埋め、スヤスヤと
寝息を立てている紫月の髪を指で梳いた。
微かに、長い睫毛が震える。
求められるままに、与え続けてくれた
彼女は少し疲れた顔をして、眠りについ
ている。
僕は露わになっている白い肩に布団を
かけると、それごと彼女を抱きしめた。
「愛しているよ。この世の誰よりも」
そう呟き、彼女の額に口付けることの
出来る僕は、真実、世界中の誰よりも
幸せだった。
=完=
**この物語を最後までお読みいただき、
誠にありがとうございます。
ご縁をいただけましたこと、心より感謝
致します。**
弥久莉
Will you marry me?」
(僕の妻になって欲しい。僕と結婚して
くれますか?)
そう言ったレイを、紫月は信じられない
思いで見つめる。
-----婚約ではなく、結婚。
彼は今、確かにそう言った。
そうして、紫月の心はどうしようもない
ほど、彼に奪われている。
だから迷うことなど、何もなかった。
紫月は柔らかな微笑みを湛え、頷いた。
「I’d love to.」
(喜んで)
そう答えた瞬間、彼の腕に抱き上げら
れた紫月の身体はくるりと回りながら宙
に浮いてしまう。
「きゃ…っ!!」
びっくりしてレイの肩にしがみついた
紫月の耳に、「愛している」とささやく声
が聞こえる。「私もよ」と、そう返す代わり
に、紫月は彼の腕に抱き上げられたまま、
その唇にキスを落としたのだった。
-----その女性を見つけたのは、ほんの
偶然だった。
ホテルのレストラン経営の繋がりから、
招待されたサカキグループの創立記念
パーティー。
僕は仕事の都合で少し遅れてホテルに
辿り着き、ひとり、その会場に足を踏み
入れようとしていた。
その時、視界の片隅にひらりと淡い色彩
が映り込んだ。気になってそちらを向けば、
二人の女性が会場から少し離れた場所に
ある、モダンな椅子に腰かけている。
一人は蹲るようにして口元を覆い、
その女性を介抱するように、ピンクのドレ
スに身を包んだ女性が背中を擦っている。
僕はドアノブにかけていた手を離し、
その二人の女性の元へと足を向けた。
「失礼。ご気分が優れないのですか?」
僕を見上げた女性が、小さく頷く。
瞬間、僕の心臓は今までにないほど、
強く胸を打ちつけていた。
繊細で儚げな、白い撫子を想起させる
ような美しい顔立ち。綺麗に結い上げら
れた髪は光を纏い、露わになった狭い額
は、彼女の理知的な内面を映し出してい
るように見える。
-----聡明で花のように美しい、女性。
彼女に抱いた印象はそういうもので、
思わず見惚れてしまった自分を意識し
ながら、僕は口を覆っている女性に目
を移した。
「どうやら、口にしたお酒が身体に
合わなかったようなんです。急に気分
が悪くなってしまった、と」
僕はその場に跪き、女性の顔を覗く。
50代半ばほどに見えるその人は、眉間
のシワを深くしながら、生唾を飲み込ん
でいた。
「それはいけませんね。僕がホテルの
者を呼んできましょう」
そう言って立ち上がると、彼女はいいえ、
と首を振った。
「この方は父の知り合いで、私はご主人
とも面識があるのです。彼は今、会場に
おりますので、私が声を掛けてきます。
ですから少しの間、付き添っていただけ
るでしょうか?」
鈴の鳴るような声でそう言った彼女に、
僕は「もちろん」と微笑を向けた。
そうして、くるりと背を向け去ってゆく
背中を見つめる。
数分後、戻ってきた彼女にどんな言葉を
かけようか?
そんなことを思いながら、その女性に
付き添っていた僕は、数分後、心配そう
に歩み寄ってきた年嵩の男性の背後に、
彼女を見つけることが出来ず、静かに
落胆した。
それから、半ば、彼女を探すように
会場に足を踏み入れる。
目を凝らし、人混みを掻き分け、
けれどようやく見つけたその人は、
壇上で悠然と式典の挨拶を述べている
その男性に、心を奪われていた。
僕はただ、離れた場所から彼女の横顔
を見つめることしか出来なかった。
その後、彼女と再会する機会が訪れた
のは2度。
そのどちらも、同じように遠くから
見つめるだけだったが、3度目。
祈るような想いで手を伸ばし、ようや
くこの手に掴まえることが出来たその人
は、今、僕の腕の中にいる。
僕は白い枕に顔を埋め、スヤスヤと
寝息を立てている紫月の髪を指で梳いた。
微かに、長い睫毛が震える。
求められるままに、与え続けてくれた
彼女は少し疲れた顔をして、眠りについ
ている。
僕は露わになっている白い肩に布団を
かけると、それごと彼女を抱きしめた。
「愛しているよ。この世の誰よりも」
そう呟き、彼女の額に口付けることの
出来る僕は、真実、世界中の誰よりも
幸せだった。
=完=
**この物語を最後までお読みいただき、
誠にありがとうございます。
ご縁をいただけましたこと、心より感謝
致します。**
弥久莉



