恋の終わりは 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

「焦らなくていいよ。まだもう一回会える
から。もっともっと、紫月の気持ちが僕に
追いつくまで、その気持ちは胸にしまって
おいて」

その言葉を聞き、紫月は頬を朱く染める。

つまり彼は、中途半端な気持ちを口にして
欲しくないという想いから、紫月の口を塞い
だわけで。そうと知れば、それほどまでに、
彼の気持ちが大きなものなのだと、わかっ
てしまう。

紫月は、そのことに少しの疑問を感じなが
ら、ごくりと人参を飲み込んだ。

「わかったわ。でも……」

そこで言い淀んで紫月は、上目遣いにレイ
を見る。頬杖をついたままで、手の甲で
紫月の頬に触れたままで、レイは小首を
傾げている。

「どうしてそんなに……その、私のことが
好きなのか、わからないわ。あなたの仕事
を手伝うってことは、片時も離れずに一緒
にいるってことでしょう?たった一度、
パーティーで会っただけの私を、どうして
そこまで……」

 自分が酷く矛盾していることを言ってい
るのは、わかっている。自分だって、その
パーティーで見初めた一久を一途に想い、
そうして婚約までこぎつけたのだ。

 けれどなぜか、彼は“何か”を秘めている
ような気がした。自分が知らない何かを、
レイは胸の内に秘めている。それは、
紫月の直感でしかないのだけれど……
 
 そう感じるから、紫月は訊かずにはいら
れなかった。

 「さあ、どうしてだろうね?」

 すぅ、と目を細め、レイが紫月の顔を
覗く。いつもより低いその声にどきりと
しながら、それでも紫月は彼の眼差しを
真っ直ぐに受け止める。

 ぬるりと、愛おしそうに彼の指が紫月
の唇をなぞった。そうして、その温もり
を、柔らかさを確かめると、名残惜しそう
に去ってゆく。紫月は、ほぅ、と肩の力を
抜いた。

 「……今はまだ、教えてあげない」

 次に聞こえた声はいつものそれで、
レイは悪戯っ子のように、にぃ、と口角
を上げている。紫月は彼の答えに落胆
しながらも、やはり“何か”があるのだと
いうことを確信した。

 「それよりさ、次のデートなんだけど」

 そう言ってレイはお手製の塩握りを紫月
の手に載せた。紫月は小さく頷き、その
お握りを両手で包む。

 「来週末、また車で迎えに行くから僕の
家に遊びに来ない?題して“お家デート”。
翌日は日本を発つことになるから、その
日は僕の家でゆっくり過ごそう」

 今までのように一方的なメールではなく、
最後のデートは家で過ごそうと、レイが
提案する。紫月は数秒の間を置いて、彼
に訊ねた。

 「あなたの家って、一人暮らしよね?」

 「そうだよ。M区のマンションに一人
で住んでる。僕は日本とイギリスの両方
に居を構えているんだ。どちらも両親の
母国だし、ステイゴールドの本社がイギ
リスにあるから、必然的に日本とロンド
ンを行き来することが多くなるしね。
でも、紫月が一人暮らしの男の部屋に
上がるのに抵抗があるなら、他の場所を
考えるよ」