「ありがとう」
真新しい軍手に手を通し、両手を見やる。
軍手をするのも、初めてだ。などと思い
ながら頬を緩めれば、突然、「あ」という
レイの声が聞こえた。
「どうしたの?」
その声に目を見開き、紫月はレイを向い
た。彼は背中の半ばまである、紫月の髪を
じっと見ている。
「髪、そのままだとやり辛いね。ちょっ
と待ってて」
そう言うと、彼は足元に置いてあった
リュックの中から小さなビニールを取り出
した。その袋をピリリと開け、中から白い
ヘアゴムを取り出す。
パイル素材のぽわぽわした、太いゴムだ。
紫月は思わず、それ、と声を漏らした。
「もしかして、ホテルのアメニティ?」
「当たり!」
屈託のない笑顔でそう答え、レイが紫月
の背後に回る。どうやら、彼が結わいてく
れるらしい。
「このままじゃ下を向いたとき、髪が邪魔
になるだろうから。ひとつにまとめよう」
そう言って紫月の髪を束ね始めたレイの
指が、首筋に触れる。ひんやりとしたその
指に肩を竦めると、「ごめん冷たかった?」
と背中から声が聞こえた。
「ううん、大丈夫。いつも持ち歩いてる
の?そういうの」
「まあね。こういうアメニティって個別
包装されてるから、持ち運びに便利なんだ。
綿棒にヘアブラシもリュックに入ってる。
時々、ホテルのストックからくすねてくる
んだ」
さらりとそう言ったレイに、紫月は
「ぷっ」と吹き出す。
ストックからくすねる、って……。
自分が経営するホテルの備品を、
オーナーが”くすねる”というのも、
可笑しな話だ。
「はい、出来た」
くすくす、と堪えるように笑っている
と、レイの両手が紫月の肩に載った。
「ありがとう」
軍手をしたままの手を後ろに伸ばし、
髪に触れてみる。
丁寧に編まれた三つ編みが一本、
背中に垂れ下がっている。ただ一本に
まとめただけかと思いきや、すいぶん
と手慣れたものだ。
紫月はふと、ネットで見かけた記事
を思い起こしてしまった。
それは、世界的にも有名な女優との
密会の現場を捉えたという記事だった。
レイと肩を並べ歩いている女優の目
は黒帯で隠されていたが、確か、自分
と同じくらい髪の長い女性だった、と
思う。こんなゴシップ記事、信じても
仕方ないと気に留めずにいたのに、
なぜだか今になってそのことが無性に
気になってしまう。
「どうしたの?どこか痛む?」
一瞬、そんなことを思って口を噤ん
でしまった紫月の顔を、レイが肩越しに
覗き込んだ。至極近くに、彼の顔がある。
紫月ははっとして、小さく首を振った。
「ずいぶん慣れてるみたいだから、彼女
の髪を結っていたのかな、と思って……」
「ああ、なるほどね。違うよ。僕には
年の離れた妹がいてね。彼女が幼い時は
母の代わりにたまに結ってあげてたんだ」
「そうなの。妹さんの髪を……」
彼の話にほっとしたように頷いた紫月
の目を、じっとレイが見つめる。その目
がすぅ、と細められて、紫月は「なに?」
と眉を顰めた。
真新しい軍手に手を通し、両手を見やる。
軍手をするのも、初めてだ。などと思い
ながら頬を緩めれば、突然、「あ」という
レイの声が聞こえた。
「どうしたの?」
その声に目を見開き、紫月はレイを向い
た。彼は背中の半ばまである、紫月の髪を
じっと見ている。
「髪、そのままだとやり辛いね。ちょっ
と待ってて」
そう言うと、彼は足元に置いてあった
リュックの中から小さなビニールを取り出
した。その袋をピリリと開け、中から白い
ヘアゴムを取り出す。
パイル素材のぽわぽわした、太いゴムだ。
紫月は思わず、それ、と声を漏らした。
「もしかして、ホテルのアメニティ?」
「当たり!」
屈託のない笑顔でそう答え、レイが紫月
の背後に回る。どうやら、彼が結わいてく
れるらしい。
「このままじゃ下を向いたとき、髪が邪魔
になるだろうから。ひとつにまとめよう」
そう言って紫月の髪を束ね始めたレイの
指が、首筋に触れる。ひんやりとしたその
指に肩を竦めると、「ごめん冷たかった?」
と背中から声が聞こえた。
「ううん、大丈夫。いつも持ち歩いてる
の?そういうの」
「まあね。こういうアメニティって個別
包装されてるから、持ち運びに便利なんだ。
綿棒にヘアブラシもリュックに入ってる。
時々、ホテルのストックからくすねてくる
んだ」
さらりとそう言ったレイに、紫月は
「ぷっ」と吹き出す。
ストックからくすねる、って……。
自分が経営するホテルの備品を、
オーナーが”くすねる”というのも、
可笑しな話だ。
「はい、出来た」
くすくす、と堪えるように笑っている
と、レイの両手が紫月の肩に載った。
「ありがとう」
軍手をしたままの手を後ろに伸ばし、
髪に触れてみる。
丁寧に編まれた三つ編みが一本、
背中に垂れ下がっている。ただ一本に
まとめただけかと思いきや、すいぶん
と手慣れたものだ。
紫月はふと、ネットで見かけた記事
を思い起こしてしまった。
それは、世界的にも有名な女優との
密会の現場を捉えたという記事だった。
レイと肩を並べ歩いている女優の目
は黒帯で隠されていたが、確か、自分
と同じくらい髪の長い女性だった、と
思う。こんなゴシップ記事、信じても
仕方ないと気に留めずにいたのに、
なぜだか今になってそのことが無性に
気になってしまう。
「どうしたの?どこか痛む?」
一瞬、そんなことを思って口を噤ん
でしまった紫月の顔を、レイが肩越しに
覗き込んだ。至極近くに、彼の顔がある。
紫月ははっとして、小さく首を振った。
「ずいぶん慣れてるみたいだから、彼女
の髪を結っていたのかな、と思って……」
「ああ、なるほどね。違うよ。僕には
年の離れた妹がいてね。彼女が幼い時は
母の代わりにたまに結ってあげてたんだ」
「そうなの。妹さんの髪を……」
彼の話にほっとしたように頷いた紫月
の目を、じっとレイが見つめる。その目
がすぅ、と細められて、紫月は「なに?」
と眉を顰めた。



