※ ※ ※
「すごいわ!」
久しぶりに訪れたミッドロージアン領は、あの頃とは違って多くの人がやってきていた。
「これはみんな、温泉目当ての人かしら?」
オリヴァーの言った通り、少し奥まった土地を掘ってみたところ温泉がわき出した。それをきちんと整備し、今では王都でも有名な温泉地になっている。
人が来るようになると、店が立ち並びはじめた。食事処やちょっとした休憩所、それから数カ月前には地産の絹を使ったここオリジナルの商品を並べる店も開店した。
「そうだが、ここには温泉以外のものもある。ミッドロージアン領に来ることが目当てなんだろうな。ジェシカが提案したドリンクにスイーツを添える案だが、いまではそこの休憩所でも扱っているらしい。店員は孤児院出身の者で、よい働き口になっているそうだ。そうそう、ジャムもよく売れていると聞いている」
「本当? それは良かった」
ジェシカが幾度となく通った孤児院の隣には、領民なら誰もが利用できる立派な図書館が建てられた。その一角では、院の子らと領民の子らが一緒になって学ぶ教室も開かれている。
「安心したわ」
「ああ、そうだな。オリヴァー君の見立ては間違いなかったし、ジェシカの提案も、しっかりと機能している」
「それもそうだけど……それだけじゃないわ」
ん? と首を傾げるフェルナンに、ジェシカは茶目っ気たっぷりの笑みを見せた。
「釣りのできる場所はちゃんとそのままだし、登れる木も残ってる。栽培されているものは変わってきたけれど、畑は以前のように青々としている。私、ここが栄えることは本当に嬉しいのに、それによって大好きなこの場所が全く違う世界になっていたらどうしようって思っていて……」
〝でも〟と続けたジェシカは、ぐるりと四方を見渡した。
「オリヴァーは、ちゃんと守ってくれたのね」
確かに人が増えた。それに、数年前にはなかった新しいものがたくさんある。それは建物だったり看板だったり様々だ。
けれど、全て変わってしまったわけではなかった。
「ああ。彼は言ってたよ。姉さんのために残したい風景だと」
遠くから眺めれば一目瞭然だった。観光のために整備された区画と、昔のままを保った区画が明確に分かれている。
「嬉しい」
「これからは、アレクを連れてもっともっとここへ来よう。ここはよい観光地になった。ジェシカの大切なこの場所を、私は子どもにも伝えていきたい」
それは自身の故郷へ帰ることを控える愛しい妻への配慮だった。里帰りではなく観光として来るのなら、誰も文句は言わないと。
「ええ、そうね」
ジェシカも夫の意向を理解している。
もう一度四方を見渡したジェシカは、最後に最愛である夫フェルナンに視線をとめた。
「フェルナン様」
「なんだい、ジェシカ」
「私を見初めてくれて、私を愛してくれてありがとう。あなたのおかげで私は今、誰よりも幸せよ」
愛しい妻の唐突な告白に、フェルナンは破顔した。
ジェシカの肩を抱き寄せると、お互いの額をコツンとつける。ついでに右腕に抱えたアレクシスのぷくぷくの頬も自分たちにくっつける。
「それは私のセリフだよ。ジェシカもアレクも、私の元へ来てくれてありがとう。君たちは私の宝物だ」
アレクシスのきゃっきゃとはしゃぐ声につられて、ふたりも笑い声を上げた。
END
「すごいわ!」
久しぶりに訪れたミッドロージアン領は、あの頃とは違って多くの人がやってきていた。
「これはみんな、温泉目当ての人かしら?」
オリヴァーの言った通り、少し奥まった土地を掘ってみたところ温泉がわき出した。それをきちんと整備し、今では王都でも有名な温泉地になっている。
人が来るようになると、店が立ち並びはじめた。食事処やちょっとした休憩所、それから数カ月前には地産の絹を使ったここオリジナルの商品を並べる店も開店した。
「そうだが、ここには温泉以外のものもある。ミッドロージアン領に来ることが目当てなんだろうな。ジェシカが提案したドリンクにスイーツを添える案だが、いまではそこの休憩所でも扱っているらしい。店員は孤児院出身の者で、よい働き口になっているそうだ。そうそう、ジャムもよく売れていると聞いている」
「本当? それは良かった」
ジェシカが幾度となく通った孤児院の隣には、領民なら誰もが利用できる立派な図書館が建てられた。その一角では、院の子らと領民の子らが一緒になって学ぶ教室も開かれている。
「安心したわ」
「ああ、そうだな。オリヴァー君の見立ては間違いなかったし、ジェシカの提案も、しっかりと機能している」
「それもそうだけど……それだけじゃないわ」
ん? と首を傾げるフェルナンに、ジェシカは茶目っ気たっぷりの笑みを見せた。
「釣りのできる場所はちゃんとそのままだし、登れる木も残ってる。栽培されているものは変わってきたけれど、畑は以前のように青々としている。私、ここが栄えることは本当に嬉しいのに、それによって大好きなこの場所が全く違う世界になっていたらどうしようって思っていて……」
〝でも〟と続けたジェシカは、ぐるりと四方を見渡した。
「オリヴァーは、ちゃんと守ってくれたのね」
確かに人が増えた。それに、数年前にはなかった新しいものがたくさんある。それは建物だったり看板だったり様々だ。
けれど、全て変わってしまったわけではなかった。
「ああ。彼は言ってたよ。姉さんのために残したい風景だと」
遠くから眺めれば一目瞭然だった。観光のために整備された区画と、昔のままを保った区画が明確に分かれている。
「嬉しい」
「これからは、アレクを連れてもっともっとここへ来よう。ここはよい観光地になった。ジェシカの大切なこの場所を、私は子どもにも伝えていきたい」
それは自身の故郷へ帰ることを控える愛しい妻への配慮だった。里帰りではなく観光として来るのなら、誰も文句は言わないと。
「ええ、そうね」
ジェシカも夫の意向を理解している。
もう一度四方を見渡したジェシカは、最後に最愛である夫フェルナンに視線をとめた。
「フェルナン様」
「なんだい、ジェシカ」
「私を見初めてくれて、私を愛してくれてありがとう。あなたのおかげで私は今、誰よりも幸せよ」
愛しい妻の唐突な告白に、フェルナンは破顔した。
ジェシカの肩を抱き寄せると、お互いの額をコツンとつける。ついでに右腕に抱えたアレクシスのぷくぷくの頬も自分たちにくっつける。
「それは私のセリフだよ。ジェシカもアレクも、私の元へ来てくれてありがとう。君たちは私の宝物だ」
アレクシスのきゃっきゃとはしゃぐ声につられて、ふたりも笑い声を上げた。
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