「あら、ジェシカさん。疲れてしまったかしら? ごめんなさいね、私たちだけで盛り上がってしまって」
「い、いえ……やっ、えっと……」

チラリと向けたジェシカの視線を追えば、そこには真顔のフェルナンがいた。
よく見れば真顔の裏で実は拗ねているのだと、ジェシカだけはわかっている。

「あら、嫌だわ。フェルナン様、ごめんなさいね。勝手をしちゃって」
「……いえ」
「ほら、あなたもよく見て差し上げて。どうかしら、この長袖をなしにして……」

ピクリとフェルナンのこめかみがひきつったことを見逃さなかったロジアンは、内心で〝おや〟と呟いていた。ほんの一秒思案した後、何かを納得しのか、一つ頷いた彼女は突然別の提案をした。

「スカート部分は、思い切って後ろも短くして……」

ピクピクっとさらにこめかみをひくつかせたフェルナンは、ついに耐えきれないというように言った。

「だ、だめだ。そんな……」
「フェ、フェルナン様?」

驚いたジェシカが呼びかけると、フェルナンはハッとした。

「フェルナン様。そのようなデザインは、私には似合いませんか?」

どことなく寂しげなジェシカに、フェルナンは胸が締め付けられる思いがした。自分は決して、ジェシカを悲しませたいわけではないのだと。

「そんなことはない。ジェシカは何を着ても本当によく似合っている。綺麗だ」

いくら褒められても、先ほどまでのフェルナンの表情にジェシカの気は晴れない。

「でも……」

すっかり沈んでしまった彼女に、〝すまない。そうじゃないんだ……〟と、フェルナンは深いため息を吐く。
その様子を見ていたロジアンは、〝ふたりっきりにしてあげましょう〟と、店主と連れ立って部屋を後にした。


「フェルナン様……」

一体、自分の何がいけなかったのだろうか?
ロジアンは似合うと褒めてくれたけれど、実はあれもお世辞でしかなくて、どこかまずいところがあったのかもしれない。だとしたら、隠さずに教えて欲しい。彼に嫌われたくはないから。それとも、フェルナンはもう、自分に嫌気がさしてしまったというのだろうか。ジェシカの思考は、どんどん暗くなっていく。

「ジェシカ」

涙ぐむジェシカにぎょっとしたフェルナンが、転がるようにして近づいてくる。

「ジェシカ、泣かないでくれ。ほら。顔を上げて」

そうは言われても、涙は勝手に滲んでくる。不安でいっぱいの今、そう簡単に涙をとめられるはずもない。

「ああ、ジェシカ。私がいけなかった。ほら、涙を拭かせてくれ」

フェルナンに目元を拭われながら、促されるままソファーに腰を下ろした。そのまま大きな手で背中をなでられていると、ジェシカは次第に落ち着きを取り戻していった。

「ご、ごめんなさい」

ぽつりと呟くと、〝ジェシカは何も悪くないんだ〟とフェルナンが否定した。ではなぜ、ドレスを着替えるたびに機嫌が悪くなってしまうのかと悩み、ジェシカは俯いてしまった。

「フェルナン様は、私との結婚が嫌になってしまわれたの?」

ジェシカが必死に考え抜いた答えだった。

「そんなはずがない。私は一秒でも早く、ジェシカと一緒になりたいといつも思っている」
「では、なぜ? 私にはウエディングドレスなんて似合わなかったかしら……」

不安に震えるジェシカの手を、フェルナンの大きな手が包み込んだ。自分はなんて身勝手で、心の狭い男なのかと、自責の念に駆られながら。

「どれも、本当によく似合っていた」
「嘘。だって、フェルナン様は……」
「違うんだ、ジェシカ。本当によく似合っていた。ただ……」

珍しく言い淀むフェルナンを、ジェシカは見つめた。

「ただ?」

濡れた瞳でフェルナンをまっすぐ見上げるジェシカ。そのあまりの可愛さにフェルナンが内心もだえ苦しんでいることなど、気が付くはずもない。

「ジェシカが、あまりにも綺麗すぎてだな……ああ……その」
「その?」

ええい、くそ! と、フェルナンは覚悟を決めた。

「ただでさえこれほど綺麗なジェシカなんだぞ。他の男に見せたくないのに、袖をなくす? スカートを短くする? 首元がこんなに開いていていいのか?」

フェルナンから次々と発せられる言い分に、ジェシカは目を丸くした。一体彼は、何を言っているのかと。思わず涙も引っ込んでしまった。

「え、えっと……要するに?」

勢いはすごいけど、怒られているわけじゃないのは伝わってくる。ただ、言っている意味がよくわからない。

「……綺麗すぎるジェシカを、他の男に見せたくない。それなのに、自慢もしたい」
「は、はあ」
「きっと、袖をなくして丈も短くしたドレスは、今着ているものよりもっと似合う。それぐらい、私にだって想像できる。とはいえ、なぜ他の男どもに私のジェシカの肌を見せねばならぬのだ」
「……は?」

思わず間の抜けた反応をしたジェシカだが、この時ばかりは彼女に非はないはず。フェルナンはどうしてしまったのかと、不安に思えてくる。