「あっ、団長。昨日、見ましたよ。いやあ、団長も隅に置けないですねぇ」

空気を読まない(読めない?)男、テッド。ある意味怖いもの知らずだ。
このノー天気……いや、底抜けに明るく、空気の読めない男が騎士団に所属できているのは、まあまあの実力はともかく、この性格のおかげだと噂されている。良くも悪くも、空気を変えてくれると。

「なにかなあ、テッド君。その昨日の出来事とやらは」

すかさず詰め寄る腹黒カーティスに、テッドは満面の笑みを浮かべて声高に言った。

「昨日、王都のカフェで見かけたんですよ。団長ったら、女性と二人っきりでにこやかに過ごされてて……」  

(あれ? これ、言っちゃダメなやつだったか?)
カーティスをはじめとする仲間たちからの異様な圧と、意図のわからないフェルナンのニヤリとした顔に、このノー天……底抜けに明るい男テッドも、さすがに何かを感じた。

「な、なにかなあ……」

(これ、セーフ? ダメなやつ?)
狼狽えるテッドに、カーティスはにんまりとした。まるで腹黒さがにじみ出るような表情だ。

「ほおう。ねえ、フェルナン。これ、聞いていいやつ?」

カーティスに尋ねられたフェルナンは、そろそろ本格的に広めてもらう良いタイミングだと判断し、〝ああ〟と頷いた。

〝おお〟とどよめく団員をよそに、テッドは一人ホッと胸をなでおろしていた。


「団長に、ついに浮いた話か!!」
「相手は誰だ?」
「お前、あの噂を知らないのか?」

小突き合う団員たちを代表するかのようにして、カーティスが問う。

「お相手は、もしかして?」

カーティスにも、もちろん噂は耳に入っていた。が、本人の言葉で確認したかった。
なんせ、フェルナンとは親友と言ってもいいほどの付き合いだ。この朴念仁の浮いた話とあらば、ぜひとも根掘り葉掘り聞いておきたい。ついでに、なんとか成就するように、ひそかに手助け(という名の冷やかし)をしておきたい。

「ジェシカ・ミッドロージアンだ」

「やっぱり!!」
「本当だったのか!?」
「若い。若すぎるだろ」

大方予想していた相手だとはいえ、本人の口からはっきりと告げられれば、驚きも大きいというもの。ついでに感動も。団員達の間では、〝やっぱり〟という思いと同時に、〝なぜ?〟という疑問も広がった。

もちろん、夜会で二人が親しくしていたことも、二曲も続けてダンスをした後、他には見向きもしないで二人そろってその場を離れたことも聞いていた。それに、フェルナンがなにかと彼女のことを気にかけていることも知っていた。
が、それが一体どれほどの仲なのかまでは確信が得られていなかったのだ。
いや。憧れのジェシカ嬢が誰かのものになるなど、聞きたくもなかったというのが大方の思いだったのかもしれない。

「へえ。あのジェシカ・ミッドロージアン嬢ねぇ」
「あの、とは?」

わずかに不機嫌さをにじませたフェルナンだったが、それにカーティスが怯むわけがない。いつも通りの気軽さで、さらに深堀してくる。

「噂通りの美人で、噂によると……ああ、これはあくまで噂だよ。僕が言ってるわけじゃない」

カーティスの言わんとしていることを察して、フェルナンが鋭い目つきで睨みつけた。長年の付き合いで、超えてはいけない一線がわかるカーティスは、あくまで一般論だと念を押す。

「よく食べる残念美人」

前置きのおかげか、怒りはしなかったフェルナンだったが、明らかに機嫌が悪くなっている。

「くだらない」

吐き捨てるように言うフェルナンに、カーティスも同意する。彼もまた、たとえ令嬢らしからぬ姿だったとしても、陰でそれを揶揄するような男は最低なやつだと思っていた。

「本当にね。で、どうなの? ジェシカ嬢とは」

打って変わって、明るく健やかな笑みを浮かべてみせたカーティスに、彼の性格をよく知っている団員は思った。いくらイケメンが健やかに微笑んでみせても、絶対的な腹黒さが漏れ出ていると。
あくまでそれはカーティスを知っているから思うのであって、そうでない女性たちはこの笑みに騙されて彼になびいてしまうのだ。まあ、腹黒カーティスのこと。後に面倒を起こすような終わり方はしないのだが。

「ジェシカとは、昨日、婚約した」

「……は?」

ここ最近一の爆弾投下に、さすがのカーティスも間の抜けた顔になる。

……………………


「「「ええええええ―――――――――」」」

数秒の空白の後、居合わせた全員が驚きの声を上げた。