ジェシカは果たして、このフェルナンからの誘いがどういうものなのか、わかっているのだろうか?
父として、いささか不安になったマーカスは、意を決してジェシカに尋ねた。

「ジェ、ジェシカ。フェルナン殿は、どうして誘ってくれたんだろうか?」
「え? そんなの決まってるじゃない」

何を今さらと、少々呆れ顔のジェシカを恨めしげに見るマーカスは確信した。絶対に理解していないと。

「友人だからよ。それに、同志!!」

どうだ、当然でしょとばかりに得意げに言い切った娘に、父はやはりなと肩を落とした。

自分が情けないばかりに、特に長女のジェシカには苦労させてばかりだった。きっと自分の知らないところで、我慢もしていたと思う。
だからこそ、成人を過ぎた今、娘を自由にしてやりたいと思ったのだ。その手立ての一つが結婚だ。ジェシカにはミッドロージアン家にとって旨味のある結婚ではなく、とにかく幸せになれる結婚をして欲しいと、父として願ってきた。
だがしかし、肝心のジェシカがこの通り男女のあれこれに関して全くの無頓着では話が進まない。
学校にも通っていなかったため、そういうことに触れる機会もなかった。おまけに、母親も亡くしており、相談する相手もいない。そう思えば仕方がなかったのかもしれないが。

父親がそんなふうに、後悔やら懺悔やら複雑な気持ちを抱いていることに、ジェシカが気付くことはなさそうだ。

「友人で、同志……」
「ええ、そうよ。食べ物つながりのフェルナン様だからこその、この魅力的なランチの提案なのね」

そうじゃない。絶対に違う。ハムはジェシカを誘い出す餌のはずだと、マーカスは心の内で叫ぶ。

「いや……それだけじゃないんじゃないか?」
「え?」
「だから、……あー……」
「どうかしたの?お父様」
「いや。フェルナン殿は、その、ジェシカと過ごすことが楽しくて誘ったんじゃないか?」

なんと言ってよいのか言葉を選び選び話すマーカスに、ジェシカはきょとんとする。

「私もよ。だって、フェルナン様はいろいろなことを知っているし、優しいもの。私がちょっと意地悪なことを言うと、予想を上回った返しをされるの。夜会で話していて、本当に楽しかったわ」

どこから突っ込んでよいのか……いろいろとすごいことをあっけらかんと言ってのけた娘に、マーカスの背中には冷たい汗が伝っていった。

「ジェ、ジェシカ。フェルナン殿に、い、意地悪なことを言ったのか?」

いくら可愛がってもらえているとはいえ、目上のさらにずっと上のあのお方に、意地悪だと……
冷たい汗どころか、マーカスの指先が震え出していた。

「ええ。すっごくユーモアのある方で、話していて楽しいわ」
「そ、そうか。では、この誘いは、友人として受けようと?」
「もちろん、そうだわ」

きっぱり言い切る娘が恨めしい。

「だが、この手紙の中に〝友人〟とは書いてないが……」
「だって、当然のことだもの」

そこは行間を読み取って欲しい。

「そ、そうか、わかった。フェルナン殿は、あの通り立派なお方だ。隣に並んで恥をかかせることのないよう、当日の服装も考えないとね」

あとはフェルナン自身に任せるしかないのかと、娘を諭すことをあきらめたマーカスは具体的な提案をすることにした。

「えっ? いつもの動きやすいワンピースではダメかしら?」

二人で出かけることは納得した。
だがしかし……マーカスは、再び肩をガクリと落とした。

「いや。一張羅にしておこうか」
「だって、魚釣りとかをするのよ?」

不満げなジェシカを、思わずジト目で見てしまう。
だから、それも餌なのだ。全力でやることではないのだと、娘に言ってやりたい。

「とはいえ、やはり大人の男性とご一緒するんだ。ジェシカがあんまりな恰好をしていると、フェルナン殿の方が……ああ、いや。きっとフェルナン殿なら、なんでも受けとめてくれるだろう。だが、普段着のままのジェシカを見た第三者は違うんだよ。彼が恥をかいてしまうこともある」
「そういうものかしら?」
「そういうものだ」

少々強引に言い切った自覚はある。が、なんとかジェシカを納得させたマーカスは、無理をすることになろうとも、娘に外出着を購入することに決めた。