「さあ、ジェシカ。行こうか」

今夜参加するのは、ロジアン夫人が主催する夜会だ。本来、貧乏貴族のミッドロージアン家が参加できるようなものではない。身分差もさることながら、年代的にも出会う機会などそうそうない相手だ。
それでも今宵ジェシカ達が招待されたのは、先日ジェシカと夫人が〝お友達〟になったがためだ。

「ええ」
「まずは、夫人に挨拶をしないとね」

父にエスコートされながら、招待客の間へ足を踏み入れる。今日のジェシカは、自分の瞳と同系統の深い緑色のドレスを身にまとっている。先日着た青いドレス同様に、ともする地味になりがちな色味ではあるものの、濃い色あ合いはジェシカの白い肌やストロベリーブロンドの髪をより美しく際立たせてくれ、とてもよく似合っていた。

友人の招待とあって、今宵のジェシカは料理に執着するだけでなく、ロジアン夫人と話すのも楽しみにしていた。なにせ、貴族の女性で唯一親しく話せる相手なのだから。主に、スイーツ談義だが。

そんな期待に瞳をキラキラさせたジェシカは、やはり人目を集めていた。
一回目に参加した夜会で〝残念美人〟などと不名誉なあだ名をつけられたジェシカだったが、二回目の夜会でロジアン夫人やフェルナン騎士団長と親しげにすごす様子が目撃され、再び株を上げていた。彼女とお近づきになれば、結婚相手に選ばれるかどうかはともかく、ロジアンやフェルナンといった大物とのつながりも持てるのではないかと。

おまけに今夜はあの冷たく鋭い視線で牽制する男ではなく、なんとも取り込みやすそうな父親がエスコートしている。
チャンスだ。今夜は絶対ダンスを申し込む!それが無理でも、せめて一言話すだけでもと、多くの男達が狙っていた。

「ロジアン様、こんばんは」

父が挨拶をと口を開くより先に、ジェシカがなんとも軽い調子で挨拶をしてしまった。ロジアンが王家付きの厳しい教育係だったと知っているマーカスは、さすがに娘の言動を制するべきだと判断した。

「まあ、ジェシカさん!! よく来てくれたわね」

ところが、どうだ。同じような調子で気やすく返すロジアンに、マーカスはジェシカを止めることをためらった。

「お招きいただいて、ありがとうございます。ジェシカの父の、マーカス・ミッドロージアンと申します」
「ようこそ。ジェシカさんは、私の友人ですからね。来てくださってありがとうございます」

どうやら娘の言う〝お友達〟というのは本当で、自分が思ったよりもずいぶん打ち解けているようだと、マーカスはわずかに肩の力を抜いた。

「いつもジェシカがお世話になっております。なにぶん自由な娘なので、ご迷惑をおかけしてないとよいのですが……」
「迷惑だなんて、とんでもないわ。ジェシカさんには、以前お会いした時に助けていただいたのよ。感謝していますわ」

これがあの厳しいことで有名な人物なのかと、半信半疑になるマーカスを気にすることなく、ロジアンはジェシカをかなり親しい仲なのだと語った。周囲の人々もさりげなく耳を傾けており、驚きに満ちた顔を隠せずにいる。

「ジェシカさん、また後で一緒にスイーツでも……今夜は食べてもいいのかしら?」

少しだけ意地悪な物言いに加えて笑みを浮かべたロジアンは、まるで少女のように見えた。彼女はこれまで、人前でそのような隙のある姿を見せたことがなかっただけに、目撃した人は一様に目を見開いた。
尋ねられたマーカスは、驚きながらも〝もちろんです〟となんとか返していた。

「楽しみです。ぜひ、ご一緒しましょうね」

誰もが思わず身構えてしまうロジアン相手に気やすく接するジェシカを見た周りの人々は、ますます驚いていた。