「けれど、そろそろ自分の幸せにも目を向けてください。僕は学校を卒業したら、父に領地経営を学びながら、さらに興味のあることを学び、いずれ家を継ぐと覚悟をしています。これから、どうしたら収入が増えるのか計画し、実行し、必ずこの地を盛り返していきます。だから姉さんは心配しないでください。使用人だって必ず呼びもどします。目標のはっきりした僕は、毎日その戦略を考えるのが楽しいんですよ。双子達だって、必ずよい嫁ぎ先を見つけるように力を尽くします。決して、ここでの姉さんの居場所を奪おうとしているわけじゃないんです。けれど……」
「オリヴァー……十分に伝わったわ。ありがとう」

(ただ、お父様の立場が……)

「姉さん……」
「ごめんなさい。今日は私が完全に悪かったわ。オリヴァーの言う通り、なにもズボンをはいて木登りをする必要なんてなかったもの」
「わかってくれれば、それでいいんです」

やっと落ち着いた弟に、ジェシカも肩の力を抜いた。

「うん。私、オリヴァーがそんなふうにいろいろと考えていたなんて、全く知らなかった。これからは、もう少し落ち着いて生活するように心がけるし、自分の将来もちゃんと考えるわ」



※ ※ ※

「はあ……」

(なんだか、オリヴァーに悪いことしちゃった気分だわ)
自室で一人になると、今日のできごとをなんとなく後悔していた。

「自分の幸せか……」

(今のままでも、十分に幸せだわ)
いくら少しばかり破天荒なジェシカでも、貴族の令嬢として一生独身でよいわけがないと理解している。
裕福な相手に嫁げば、うちに支援だってしてもらえるだろう。どうせ結婚するのなら、そういう面でもよい条件の方が望ましいとわかっている。

けれど……。

「結婚なんて、実感がわかないわ」

生まれてこの方、ずっとこの地で暮らしてきたジェシカは、領地の外の同年代の友人などおらず、恋愛や結婚の相談する相手がいない。

「友人なんて言ったら、ロジアン夫人ぐらいだわ。あっ、フェルナン様もかしら」

仲が良いのは一緒に過ごしてきた領民だけ。とはいえ、ジェシカ自身は意識してこなかったものの、そこには確実に身分の差が存在する。幼い頃はともかく、物事の道理がわかってくる頃には相手の方がその差を理解して、どことなく一歩引いてしまうのだ。
それでも他の領地の領主と領民の関係に比べて、このミッドロージアン領では、両者の距離はずいぶんと近く、気さくな間柄なのだが。

「ロジアン様やフェルナン様に相談しても……ねえ……」

深いため息とともに、夜は更けていった。