「確か、建物の裏に二本、表に一本リンゴの木がありましたね?」
「ええ、そうよ。これは表の木のものよ」

それがどうしたのかというように、ジェシカが視線で尋ねた。
この時の彼女は、自ら犯した致命的なミスに気が付いていなかった。

「へえ……表の木、ですか」
「な、なに?」

やたら含みのある言い方をするオリヴァーに、さすがに何かあるのかとジェシカはやっとわずかに身構えた。

「懐かしいですね。姉さんは幼い頃、よくあの木に登っていましたね。僕も、あの木を使って姉さんに木登りを教えてもらいました。ですが、いつまで経っても姉さんのように素早くは登れなくて」

(なぜここでしおらしくなるの!?)
普段とは違う弟の様子に、ジェシカは眉をひそめた。

「オ、オリヴァーも上手に登れてたわよ」
「ですが、今となってはもう、登れないでしょうね。久しく登っていませんから」

ますますしおらしい様子を見せる弟を、ジェシカは必死に褒め出した。

「そんなことはないわ。オリヴァーだって得意だったじゃない。幼い頃に習得したことって、意外と大人になってもできるものよ」
「姉さんも、木登りはまだ現役ですか?」
「もちろん!今日だって、自分で登って取ってきたのよ」
「へえ。姉さん自ら、リンゴの木に登って……ねえ」
「あっ……」

しまったと思った時にはもう遅い。木登りはするなと、オリヴァーには散々口酸っぱく言われてきた。それに、先日の夜会でもなんとかごまかしたというのに、ここにきて未だに木に登っていたと自ら吐露してしまった。

「今日は確か、孤児院に騎士団の方々が来てくださっていたはずでしたね?」
「えっ、ええ」

(あ、圧がすごすぎる)
ここは正直になるべきか、できるだけごまかすべきか……。

「皆さんは、遊具とその近くの倉庫の屋根の修理をしてくださっていたと?」
「そ、そうよ」
「そんな中、姉さんは遊具からほど近く、倉庫からもしっかり肉眼で見ることのできる位置にあるリンゴの木に、自ら登って収穫したと?」
「うっ……」

さすがのジェシカも、オリヴァーの言いたいことを理解した。やばい、まずいと狼狽える姉に、オリヴァーはなおも冷たい視線を向け続けている。

(な、何か言わなくちゃ)
ジェシカはわかっていない。いつだって自分が喋れば喋るほど、立場が悪くなっていくということを。そして、オリヴァーはそうなるとわかって、姉が話すように仕向けているということを。

「だ、だだ、大丈夫よ。ズ、ズボンを借りて、着替えてから登ったから」
「ジェシカ……」

思わず〝あちゃー〟と額を押さえるマーカスを見て、ジェシカは己の口が余計なことを言ってしまったと、やっと気が付いた。今さら自らの手で口を塞いでも、もう遅い。手遅れだ。