「それじゃあ、次はリンゴのおやつを期待していて」

すっかり陽が傾いた頃、ジェシカはみんなに別れを告げた。
先ほど収穫したリンゴは、隣を歩く大柄な男が手にしている。

「団長さん、すみません」

遅い時間に女性の一人歩きは、たとえ慣れ親しんだ土地でもよくないと、フェルナンがジェシカを自宅まで送り届けると申し出たのだ。乗ってきた馬を使ってもよかったが、それほど遠くないからとジェシカが遠慮したため二人で歩いた。途中、フェルナンの軽い追及に、実は昔馬から落ちたことがあって少し苦手だと白状すると、声を上げて笑われてしまった。

「木登りが得意な令嬢が、乗馬が苦手だとは。予想外だったな」
「もう! こうなったら、絶対に馬に乗れるようになってみせるんだから」

思わず返したジェシカに、フェルナンはもう一度笑い声を上げた。

「まあ、馬はともかく、ジェシカ嬢は菓子まで作れるんだな」
「団長さん、ジェシカ嬢だなんて呼ばないでください!! オリヴァーから、あなたはすごい人なんだって、帰ってからも散々聞かされたわ。どうぞ、ジェシカと呼んでください」
「私のことも、団長さんではなくフェルナンと呼んでくれるのならな」

団長を名前で呼んでいいものかどうか。オリヴァーに叱られやしないか……と思ったジェシカだったけれど、自分よりずいぶん押上の彼にいつまでも〝ジェシカ嬢〟なんて呼ばれるのもむず痒くて嫌だった。逆に考えれば、〝団長さん〟と役職名で呼ばれるのも同じように嫌なのかもと思い至ったジェシカは、一人納得して頷いた。

「わかりました。それでは、フェルナン様とお呼びします。それで、お菓子作りはそこそこできます。うちは貧しかったので、弟妹達のおやつは私が作っていたんです。幸い、ここは小麦も果物もすぐに手に入るので」

「ほおう。さっきのクッキーも美味しかった。大したものだな」

てっきり、貴族の娘がお菓子作りだなんてと悪く取られるかもと少しだけ身構えていたジェシカは、フェルナンの予想外の反応に思わず隣を見上げた。

「はしたないとか、言わないんですか?」
「どうしてだ?」
「だって……」

自分のしてきたことは、生活をしていくために必要なことばかりで、ジェシカ自身は少しも恥じていない。けれど、キッチンに立ったり木に登ったりするのは普通じゃないことも、ちゃんと認識していた。それなのに、隣を歩く厳ついフェルナンは、〝大したものだ〟の一言で受け止めてしまう。当惑するジェシカに、フェルナンはさらに続ける。

「確かに、ジェシカの行動は他とは違うもしれない。が、ジェシカが作ったクッキーは、子ども達を笑顔にしていた。十分価値のあることじゃないのか?」

その言葉に、なんとも言えない嬉しさを感じたジェシカは、滲んでくる涙を必死に堪えた。今口を開いたら思わず涙がこぼれてしまいそうで、自分を認めてくれたフェルナンに何も返すことができずにいた。