そのうち、何かがおかしいと気が付いた。
よくよく見てみれば、白く細いジェシカの手が支える皿には、思わず二度見してしまうような山ができ上っていた。不覚にも一瞬、どういうことなのか理解が追い付かなかった。
だが次の瞬間、気付いてしまった。彼女はそれを食べる気なのだと。
山から何かをつまみ、そのまま口に入れて目を閉じたジェシカ。再び開かれた緑色の大きな瞳は、それはもう幸せそうにうっとりとしており、感動をあらわにしていた。

「あれを、食べるのか……全部?」

思わず呟いていた。
彼女が口を開けば、無意識のうちに男たちがゴクリと喉を鳴らす。その様子は、遠目にもよくわかり、思わず苦笑してしまった。

美しい未婚の女性を前にしたら、少々おかしな様子など疑問にも思わないようだ。あの華奢な体に、山のように盛られた食べ物は本当に全て収まるのだろうか?
いろいろな意味で興味が湧いて、自分の意識の半分は彼女の辺りに向けられていた。

その皿がほとんど空になった時、今しかないという勢いある切り出しで、一人の令息が一歩踏み出した。
あれは確か、バース・エイベルだな。侯爵という地位に胡坐をかいて、自分より身分の低い者には横柄な態度をとることで有名な男だ。そのエイベルですら、あの狼狽えぶり。それぐらいジェシカの容姿は人の目を惹きつけていた。

問題はその後だった。
エイベルの抜け駆けに、我も我もと男達が声をかけ始めた。おかわりを楽しむジェシカの傍で、自分こそ彼女とと焦りだしたのだろう。そこからは静かな牽制ではなくなっていた。

目に付いた部下に視線で指示を出し間に入らせたが、一歩遅かった。争い合う男達は、ついに料理がのせられていたテーブルを倒してしまったのだ。
さすがのジェシカも、その音には気が付いたようだ。すぐさま私は近くにいた部下に入り口付近の警備を任せ、騒ぎの中に向かった。

「悲鳴後の第一声が、〝もったいない!!〟でしたからね」

報告書を持ってきた男は、昨日真っ先にジェシカの元に駆け付けた騎士だ。あの時の様子を、一部始終見ていただろう目の前の男は、思い出し笑いを浮かべている。

「そうだったな」
「噂通り、美しいご令嬢でしたが……中身は噂通りじゃなかったということですね」

中身……それは病弱だとか人見知りだとか、散々騎士らも騒いでいたものか。

「まあ、そうだが……本人を知らないまま好き勝手言ってきた噂と、実物が全く違うと言われても、本人にしたら心外だぞ」

さすがに実物と噂を比較して彼女を揶揄するのは失礼すぎる。少しだけ咎める口調で言えば、彼にもそれが伝わったようで、ピクリと肩がはねた。

「そ、そうですね……」

少し釘を刺しておけば、騎士達の間でこれ以上下世話な噂はされないだろう。
部下が出ていった後、報告書に目を通しながら思い返していた。正直、私自身もジェシカの見た目からは想像できなかった言動に、ずいぶんと驚いていた。彼女は18歳だと聞いていたが、その言動は幾分幼いようにも見えた。しかし、これが初めて出席する夜会とあらば、多少浮ついた少女のような言動も当然だったのかもしれないと思い直した。