「……それなのに、ですよ。父上、姉さんといったら……」

ジェシカが木登りをした夜会の翌日、ミッドロージアン邸内でオリヴァーが力説していた。

「まあまあ、オリヴァー。落ち着きなさい」
「そうよ、オリヴァー。昨夜は何もやらかしてなんかないんだから」

小さな後ろめたさを感じつつ、弟には知られていないのだからと精一杯平静を装いながら、ジェシカが口を挟んだ。

「それに、挨拶をしなくちゃいけなかったとはいえ、オリヴァーの方が単独行動したんじゃないの」
「あれは……」

ある意味、精神年齢は自分より下だと認識している姉からの指摘に思わずムッとしつつ、言い訳のできない状況にしたのは自分だとわかっていたため、オリヴァーは言い返せずにいた。

そもそも、成人している姉の言動が、あまりにも幼稚で危ういせいで……などとこの場で本人に言ったところで、感情的な返しがくるだけだろうと、オリヴァーはイラ立ちを自身の内で解消することに努めた。

「まあまあ。ジェシカもオリヴァーも落ち着いて。つまり昨夜のジェシカは、複数の男性にダンスを申し込まれて、無難にやり過ごせたのだろう?」
「ええ、もちろん」
「おまけに、運よく豪華な料理も食べられたと」
「スイーツですわ、お父様」
「そうか。スイーツだね」

チョコレートを思い出したのか、うっとりとした顔で宙を見つめる娘を、〝よかったねぇ〟とでも言いそうな顔で見つめているマーカス。
それをオリヴァーは苦々しく見ていた。どうせあの場に残っていたのなら、食べ物などではなく、遅れて来た公爵令息やちらちらと姉の様子を伺っていた将来有望そうな男達と、せめて会話ぐらい交わせたらよかったのにという思いが頭をよぎる。

「それで、昨夜はフェルナン騎士団長殿とロジアン公爵夫人と知り合いになったと?」
「ええ、そうです。ロジアン様は帰り際に〝お友達になりましょう〟って言ってくださったの。とっても気さくで、素敵な方でしたわ」
「ほおう」

聞き流せないやりとりに、オリヴァーのこめかみがピクリと反応した。

「お、お友達……姉さん、ロジアン公爵夫人がどういう方なのか、ご存じなんですか?」
「ん? ロジアン様はロジアン様でしょ?」

弟は何を言っているのかと若干呆れ口調の姉に、オリヴァーのいら立ちは再び爆発しそうになっている。

「ロジアン公爵夫人です!! 公爵家の方なんですよ!!」
「ええ、そうね」

この姉には、何を言っても響きそうにない。オリヴァーは深く息を吸って自身を落ち着かせようと試みた。そんな二人を、マーカスはどこか楽しそうに見ている。