母親のいないジェシカにとって、本音や弱音を吐き出せるのは彼女が生まれる前から勤めているカーラぐらいなもの。マーカスは秘密裏に、ジェシカがなにかこぼしていないかとカーラに尋ねるも、愚痴一つ言っていないと言う。

もちろん、父親としてジェシカ本人に幾度となく聞いてみた。しかし、結果は同じだった。

そんな娘に全く甘えがなかったかと問われれば、ないとは言い切れないマーカスだったが、その年もまた、自分達に必要な最低限のお金と、ウォルターとカーラに渡す給金以外は、全て領民のために使用していた。



三年目の正直、とでもいうのだろうか?
自然災害に見舞われた翌年は近年稀に見る豊作となった。前年度の立て直しも翌年の準備も終え、それでも余裕が出るほどに。

加えて、ジェシカの状況を知っている領民達は、〝ぜひか使って欲しい〟〝ほかでもない。ジェシカお嬢様のために〟と、わずかずつとはいえ、やっと捻出したであろうお金を自主的に差し出してきた。
一重にマーカスの人徳と、それまで父と共に領民のためにと尽力してきたジェシカだったからこそ、領民達も心を動かされたのだ。
この時ばかりはジェシカも、その大きな瞳に涙を浮かべて何度も何度も感謝の言葉を述べていた。


その結果が、あの初めての夜会だった。
デビュタントというわけでもなかったため、二年前に父が思い描いていたほど豪華なドレスは用意されなかった。その代わり、今後いくつも夜会に参加できるようにと、オリヴァーの進言を受けて、伯爵令嬢として恥ずかしくない程度のドレスを数着用意していた。
宝石にさほどの興味のないジェシカは、〝お母様のがあるじゃない〟と、新しく強請ることもせず、形見のアクセサリーを身に着けることに決めていた。

わずかに余った予算は、これまたオリヴァーの進言を受けて、日々の仕事で荒れがちな指先に塗るクリームや、髪に使う香油をそろえることにした。贅沢を好まないジェシカも、さすがにこれには年相応の女の子のように喜びを見せていた。