「お恥ずかしながら、ミッドロージアン家は……」

家が貧しくて姉のデビュタントの用意ができず、ジェシカにとって先の夜会が初参加だった。それなのにやらかしてしまったのは、付き添いの父が目を離してしまったのも原因だった。
気の弱い父に代わって今夜は自分が付き添いを買って出たというのに、父と同じことをしてしまい、後悔している。それらを、賢いオリヴァーが端的に語った。

「姉は、亡くなった母に代わって、僕や双子の妹達の面倒を見てくれました。おまけに家事や領内の雑事もこなしています。自分のことなんて二の次にして。父がお人よし過ぎて……他人に騙されるようなことはなかったのですが、領民が困っていれば私財も投げ出し、支払いが滞っても厳しく取り立てることもなく待ち続けるんです。だから、うちは金銭的にいつもギリギリで使用人もほとんど雇えず、姉は伯爵令嬢でありながら料理に洗濯に掃除に、本来なら使用人がする仕事を毎日毎日してくれるんです。
僕はもうすぐ、学校を卒業します。妹達も自分のことは自分でできます。だから、そろそろ姉を解放してあげたくて。夜会で姉を見初めてくれる良い人に出会えるようにと、こうして出席してるんですけど……」

オリヴァーとフェルナンが同時にちらりと向けた視線の先には、なんとも幸せそうにスイーツを頬張るジェシカがいた。

「はあ……見てくれだけは悪くないはずですが、先日のこともあって、残念美人、花より団子なんて言われて……」

思わずくくくと笑いを漏らしたフェルナンに、笑われても仕方がないとオリヴァーは首を振った。

「いいじゃないか。自由にさせてあげれば」
「ですが……フェルナン様も見たんですよね?あの夜の姉を」

あんなに食い意地の張った令嬢では、見初める以前の話だ。言動だってガサツだし、あろうことか戦の鬼と呼ばれる騎士団長に向かって〝同志〟とか意味の分からないことを言い出す始末。
やはり姉には何重にも猫を被ってもらわないと、嫁の貰い手など皆無だとオリヴァーが肩を落とした。

「ああ。先日は、なかなかだったな」

思わずジロリと胡乱気な視線を向けたオリヴァーに、フェルナンは目の前の大人びた少年にもこんな子どもっぽいしぐさも残っているのだと、どこかで安堵していた。

「それに、君も。そう力んでも、いいことはないぞ」

再びフェルナンがジェシカを見つめると、すでに皿を空にしていた彼女は、生き生きとおかわりに向かっていた。

「本来の彼女らしさを隠して見初められても、その後、彼女は苦しむことになるんじゃないか?」
「それは……」

18年の人生の中で染みついた性分は、そうそう簡単に矯正できるものではない。ほんの一晩ですら隠し切れないのだ。
それはオリヴァーにもわかってはいたが、とにかく見初められないことには話が進まないと、少々躍起になっていた自覚はある。

「ジェシカ嬢の幸せは、彼女自身が決めるんじゃないのか?」

フェルナンの言うことはもっともだ。頭ではわかっている。
けれど、それでも……と思ってしまう姉思いのオリヴァ―は、ロジアンと楽しげにスイーツに手を伸ばす姉を、恨めし気に見つめた。