「いらっしゃいませ、美織様。お待ちしておりました」

「どうも、今日はよろしくお願いします」

「はい、かしこまりました。ご案内いたします」


 車から降りると、薄緑色の着物を着た女将さんが出迎えてくれた。

 女将さんは私と目を合わせると、会釈をしながらニコッと笑い建物の中へ促した。


「ちょっと、なんかすごいお店じゃない。いつもこんなところ使ってるの?」


 私は敷地をぐるりと見渡しながら父に耳打ちした。

 手入れの行き届いた日本庭園には、黄色く染まり始めた紅葉が映えている。そして、朱色の小橋がかかる池には、立派な体躯の錦鯉が優雅に泳いでいて、植栽の妙か、近くにあるはずのビル群は露ほども目に入らない。

 ここが東京の中心近くだということを、忘れてしまうほどだった。


「大切なお客様をお迎えする時にはね。どうだ? パパ、ちょっとすごいだろ?」

「すごいのはパパじゃなくて、この料亭と経費を払ってくれる会社だから。」

「……」


 少しでも私の機嫌を上向かせようと冗談めかしたが、父はあえなく肩をすくませた。

 私はというと、風情のある景色に目を奪われ、次第に表情が明るくなっているようだった。


「でも、なんかちょっとテンション上がっちゃうかも。こんなすごい所、お金持ちとのお見合いでもなければ絶対来ないし。きっとお料理もおいしいんだろうな……」

「ああ、それは期待していいよ。ここの板前さんは腕が良くてね、政府要人のお抱えだったこともあるんだ」

「なんか自慢っぽく言ってるけど、すごいのはその板前さんだからね。」


 私たちが地味に言い争いをしているのを女将さんはふふっと笑っていてなんだか恥ずかしい気持ちになる。