この日はランチタイムだけの、はずだった。
さっと帰るはずだった。
それなのに、席についた途端、自然と話が弾んでしまった。

氷室さんの甘いものへのこだわりの話。
氷室さんが好きな本や映画の話。
などなど、氷室さんに関する話が尽きることが、なかったのだ。

話の切り上げ方が分からなかった……というのもあったのかもしれない。
だけど、氷室さんの話を聞いているのが楽しくて、私はうんうん、と真剣に聞き入ってしまっていたのだ。
その結果、予定ではとっくに家でまったりしていたはずのディナーの時間まで、カフェに入り浸った挙句

「案内していただいたお礼です」

約4000円分ゴチになってしまった……。
とはいえ、これでタワマン事件の日の約束であるカフェへの案内は、無事に果たしたことになる。

(これで氷室さんと会うのは終わりになるんだろうな……少し寂しいな……)

などと思いながら、氷室さんと駅までの道を歩いていた。
やっぱり、氷室さんは夜になっても目を引くらしい。
女の人の視線が、私にグサグサと刺さる。
なので、ほんの少し私は、氷室さんから離れて歩いていた。

「それで、どうしましょうか?」

いつの間にか真横に来ていた氷室さんに、突然話しかけられた。
心臓が口から飛び出るかと思った。

「どうしましょうか……とは?」
「次、どこに行きますか?」
「……はい?」

完全なる想定外の提案をされてしまい、パニックになった私は

「……特に……ないです」

失礼極まりない返事になってしまった。
だが、事実だから仕方がない。
氷室さんは

「わかりました」

とだけ答えた。
その後は、そのまま会話なくお別れをした。

普通なら、これで終わりだと思うだろう。
少なくとも私は完全に油断をしていた。
だからその日の内に

「ここは、どうですか?」

と氷室さんから候補の場所を送られた時は、本気で息が止まった。