でも、俺は心のどこかで、まったくなにもというわけではないだろうと思っていた。
さすがに息子が現れれば。自分が生まれたときから使っていた名字を名乗れば、ハッとするものがあるんじゃないか……って。
俺がさっき、母親を見て昔の記憶をよみがえらせたみたいに、母親の中にもきっとなにかが。
そう、思っていたけれど……。
「へえ、そうなの」
「……っ」
返ってきたのは、なにも感じていないようなのんびりした声で。毒気を抜かれるどころではなく、ショックを受けた。
……この人は。
息子を前にして、自分がつけた名前を聞いても、少しもピンとこないのだ。
わからないのだ。自分が長く使っていた名字さえも。
「……は」
張り詰めていた緊張の糸が切れて、その場に脱力しそうだった。


