「……よかったら、腰掛けてください」
野坂さんはそう言って、テーブルに添えられたイスを手で示す。
「歩美さんに会っていただく前に……少しだけ、お話をさせていただけたらと思いまして」
「……わかりました」
申し出を受け入れて、イスに座る。
野坂さんは紅茶をいれてくれて、それから俺の正面に腰掛けた。
紅茶の湯気が、ゆらゆらとおだやかにのぼっていく。
そのさまはこのリビングには合っているけれど……今の、俺と野坂さんの間に流れる空気には、合っていない気がした。
「……驚きました」
タメをつくって、野坂さんが言った。
深い場所から取り出してきたような、そんな雰囲気のある声だ。
「涼さん……と、お呼びしていいのかな。その、驚いたっていうのは……涼さんが、十六歳には見えなくて。もっと少年感のある男の子が来るものだと」
「……すみません」
「ああ、いえ。どちらかというと、ほめているつもりで」
互いにカップには手をつけないまま、湯気だけが踊っている。
母親はどこにいるのか。二階だろうか。
目の前の野坂さんは、本当に母親の夫なのだろうか。
緊張の中、頭にさまざまな疑問を浮かばせていたら、「でも」と野坂さんが言った。


