マリアベルは思い出す。

レイニードとの縁談にあまり乗り気ではなかった理由のひとつが、この視線だ。

初めはほんの少しの違和感しかなかった。
レイニードの表情は朗らかなものであったのに、マリアベルへ向けられる瞳はとても冷ややかに感じられ、その居心地の悪さに漠然と彼も望んだ縁談ではないのだろうと思ったものである。

そして決定的となったのが、件の学園の中庭での出来事だ。

マリアベルを愛想のない面白みのない人間と言い捨て、他の令嬢を口説いていたこと。
レイニードは初めからマリアベルを対等に見てはいなかった。ゆえのあの冷たい瞳であったのだと納得がいったほどである。

その冷ややかな瞳は、あの頃と何も変わってはいない。
レイニードの中のマリアベルは、時が経ち成長してもなお低い位置にあることに。

「このように話をするのも久方ぶりか。元気そうでなによりだよ。……ああそう、私はこの度爵位を継ぐことが出来てね、無事コルネリア家の当主となったんだ。今日はその挨拶に国王様の謁見を終えたところでね」

「左様でございますか。おめでとうございます、コルネリア伯爵様」

聞いてもいないことをベラベラと喋るレイニードに嫌気がさしつつ、マリアベルは淡々と言葉を返した。
そんなマリアベルの感情の読めない返しに、レイニードは少しカチンと来たのだろう。

「八ッ、相変わらず可愛げのない女だな。だから未だに行き遅れなのだよ」

そう吐き捨て、鼻で笑った。

さすがのマリアベルもこの発言にはカッと血が頭に上る。

だがここは城内で、マリアベルは騎士だ。ことを荒立ててはいけない。
冷静に、冷静にと心の中で言い聞かせる。

「私は自身をこの国へ捧げ未だ修行中の身、まだ先のことは考えておりません。それに伯爵様となった貴方様が、私のような一般の騎士の私生活のことなど気に掛ける必要もないでしょう」

「フン、強がりが情けないな。素直に悔しいとでも言えばいいものを」

「余計なお世話です」

つい売り言葉に買い言葉、冷静に対処したつもりが最後、自然と言葉が吐き出されてしまった。レイニードの顔が一瞬引き攣る。
激高しなければいいが、とマリアベルは少し身構えたが、レイニードは意外にも笑みを見せた。