ジークウェルトは納得したように頷くとカツカツと靴を鳴らしながら、マリアベルに近寄った。
突然傍に寄られたものだから、慌ててしまう。

「え、えとあの?」

「ふうん」

ジークウェルトの細指がマリアベルの顎を掬って顔を上げさせた。そして顔を息がかかるほどまで近づけてくる。
薔薇のような甘い香りがふわりと香る。

咄嗟に離れようと思ったが、身体が動かない。
せめて目だけは瞑ろうとしても、瞳はジークウェルトを映したままだ。

初めて間近で見るジークウェルトの顔。
男の人なら髭の痕は見えるはずだが、毛穴ひとつ見えないほどにつるりとしているし、睫毛もバサバサと長い。

負けたと思った。
特別勝負をしているわけではないが、この美しさには女性の端くれであっても到底適わない。


恥ずかしいからそんなに見ないで欲しい。
碌に手入れもしていない顔だ、ここまで近くに寄られては、産毛の一本でもしっかりと見えているだろう。

……こんなことなら面倒がらずちゃんとやっていればよかったと後悔する。
よりにもよってこんな時に今までのツケが回ってくるとは。


「おい、あまりマリアベルに触れるんじゃない」

思わずラインハルトが口を挟む。

顎にかけられた指が離され、そこでようやく解放され、身体が動くようになった。
だが少しよろめいてしまって、傍にあった壁に手をついてなんとか持ちこたえる。


「大丈夫よ、アタシ女にはキョーミないの。だから安心して」

「だからと言って不用意に触れるのはマナー違反だぞ。一応お前は男なんだからな」

「んもう、頭の固いオトコ!だからいつまでもいい女にフラれちゃうのよ」

ジークウェルトの嫌味がどうやら図星だったようだ。レオンハルトは顔を赤くしてぷるぷる震えている。
えっ、兄様フラれてるんだ……、とマリアベルが心で憐れんだのは内緒にしておこう。


「……まあでも」

ジークウェルトは銀糸の長い髪を手でさらりと流しながら、まるで獲物を捕らえるような目つきでマリアベルを見返した。


「え?」

「アナタ意外と面白そうな人だし、どうなるかは分からないけどね?……これからが楽しみね、マリーちゃん」


うふふふ、と声を零してジークウェルトは笑っている。
楽しげなジークウェルトとは裏腹に、マリアベルは不安しかなかった。