ちなみに馬車の中には、ギルの他に、ドロテとアビーも乗っている。

まるで王族のように民衆から注目され、ふたりはきゃっきゃとはしゃいでいた。

ナタリアはなかなか気が休まらないでいたのだが、そのうち窓の向こうにコバルトブルーに輝く海が見えてきて、あっという間にテンションが上がる。

「海だわ……!」

現世では、海を見るのは初めてだ。

思わず身を乗り出して、はしゃいでしまう。

「今から向かう仕立て屋は港町にあるのです。港町には異国の出身者がたくさんいますからね。店主も遠い異国の出身で、この国にはない独特のデザインが、お若いご令嬢の間で評判を呼んでいるようですよ」

ギルの説明を聞きながら、ナタリアは目をキラキラと輝かせた。

煌めく海に面した、青い屋根に白壁の民家が連なる港町は、まるで絵画の中から抜け出してきたかのように色鮮やかで美しい。

行き交う人々も、この国の人とは装いが違う。

ターバンを巻いている人や、見たことのない民族衣装を着ている人、肌の色が違う人。

「ねえ、ギル。あの人はどこの国から来た人かしら」

「装いからして、南大陸のようですね。あの特徴的なスカーフは、ベルギナ人でしょう」

「ベルギナ? そんな国があるのね」

この大陸のことはたくさん書物で勉強したが、別の大陸のことはナタリアはまだほとんど知らない。

「ねえ、ギル。あの獣人は?」

「彼も南大陸の出身でしょう。肌が浅黒いので、ポートスじゃないでしょうか? 私も別大陸のことはあまり知らないので、断言できませんが」

「南大陸にも獣人はいるのね」

「この大陸よりは少ないですが、いるにはいますよ。獣人が多いのは北大陸です。ちなみに北大陸には獣も多く、獣操師が引く手あまたと聞いたことがありあます」

(北大陸か。この大陸じゃないところに住むのもありかもしれないわね)

今までナタリアは、別の大陸に住むことは考えていなかった。

最終的には大陸の端にあるピット国に移住することを目標としてきたけれど、別大陸に移り住むのもありかもしれないと考える。

そうすれば、より確実にアリスとの接触を避けられるだろう。

だが、この大陸の人間にはほとんど会えなくなる。

リシュタルトの顔が、ナタリアの頭にぼんやり浮かんだ。

この先ナタリアを断罪する憎き獣人皇帝のはずなのに、会えなくなると寂しく思う自分がいる。

彼など、安定した生活を送るための金づるとしか思っていなかったのに……。

ナタリアの努力によって、この世界はモフ番の世界とは少し違ってきている。

ひょっとすると、アリスが現れてもナタリアがリシュタルトに大事にされる世界もあるのかもしれないと、最近は心のどこかで期待している。

(もう少し様子を見てもいいのかも)

自分の中に芽生えた新たな気持ちに戸惑いながら、ナタリアはそう考えた。