悪役幼女だったはずが、最強パパに溺愛されています!

その日ナタリアは、レオンと一緒に、芝生でボール遊びを楽していた。

よく弾む赤いボールは、ナタリアの二歳の誕生日にレオンが贈ってくれたものである。

「ほらっ、ナタリア! ちゃんと取れよ!」

「おにいさま、たかい……っ!」

レオンが空高く放り投げたボールを、ナタリアは取り損なってしまった。

てんてんとボールは弾み、緩やかな勾配の芝生を転がっていった。

ナタリアは水色のレースワンピースの裾を揺らしながら、懸命にボールを追いかける。

すると、誰かのブーツを穿いた足にぶつかってボールが止まった。

「あの、それをとってくださいますか?」

ナタリアは、知らない人の背中に向かって、礼儀正しく言った。

高級そうな漆黒のジュストコールに、すらりと長い脚。

ジュストコールの裾からはふさふさの銀色の尻尾が垂れているので、獣人のようだ。

銀色の髪の上には、同じ色の獣耳も見える。

(銀色……?)

輝く金と銀の毛色は、高位にいるごく一部の獣人貴族特有のものだ。

多くの獣人は、ドロテと同じような茶色か、または濃い灰色の毛色をしている。

この城の中で、高位の獣人貴族特有の毛を持っているのは兄のレオンと、それから――。

(まさか…)

ナタリアの心臓が、鼓動を速めた。

後ろを向いていた彼が、ゆっくりとこちらを振り返る。

銀色の髪の毛の下で、三白眼の月色の瞳が、冷ややかにナタリアを見つめた。

幼いナタリアですら、圧倒されるほどの美貌である。

レオンの煌びやかな美しさとも、ギルのアンニュイな美しさとも違う、絶対的な美しさ。

言うなれば、生気を持たない美術品の永遠のそれに似ている。

触れたら怪我をするのではと恐れおののくような……。

それは紛れもなく、冷血漢と名高い獣人皇帝リシュタルトだった。

見た目は二十代前半で、国の頂点にいる男とは思えないほど若々しい。

獣人はある一定の年齢が来たら、老化が止まってしまうのだ。

とはいえ寿命は人間とさほど変わらないので、見た目だけ若いまま老衰する。

(お父様が、どうしてこんなところに……?)