悪役幼女だったはずが、最強パパに溺愛されています!

ブルーな気持ちになっていると、頭上に影が差した。

いつの間にか、見たことのない人間の青年が間近に立っている。

癖がかった黒髪に細面の、整った顔立ちをしていた。

年は、十代後半といったところだろうか。

切れ長の目に、バイオレットの瞳。スラリと背が高く、グレーの縁取りのあしらわれた黒の燕尾服をタイトに着こなしていた。

「お言葉ですが、レオン様。ここで一生を過ごされるのはナタリア様のためにはなりません」

「誰だ、お前」

突然現れた青年に、レオンが警戒心をあらわにする。

「申し遅れました、私はギルと申します。本日よりナタリア様の家庭教師をすることになりました」

ギルの背後では、ドロテとアビーがにこにこと満面の笑みを浮かべている。どうやら本当にナタリアの家庭教師を見つけてきたらしい。

「家庭教師? そんなの、僕が教えてやるのに」

ヤンデレ兄は、見るからに不服そうだった。

唇を尖らせ、不満げにギルをじろじろと眺めまわしている。

「レオン様、ナタリア様はこの国の王女なのですから、しかるべき教育環境が必要です。ナタリア様の将来を思うなら、まずは様々な人と触れ合うべきでしょう。離宮に閉じこもり知識だけ蓄えても、真の淑女にはなれません。」

こんなキャラ、モフ番には出てこなかった。

おそらくナタリアサイドのみに現れる裏の登場人物なのだろう。

(誰だかよく分からないけど、とにかく救世主だわ!)

これはチャンスとばかりに、ナタリアは行動に打って出る。

「ナタリア、おしろ、すみたい。ぎりゅ、すきなの」

抱っこしてと言わんばかりに、ギルに向かって懸命に手を伸ばした。

「おや、うれしいことをおっしゃってくださいますね」

ギルが優美な笑みを返してくれる。

思わずドキリとするような艶のある笑顔だった。

「な……っ!」

嫉妬心を煽られたレオンは、ナタリアがギルに近づかないよう、彼女を抱っこしたまま一歩後ろに後退した。

それから必死の剣幕で、ナタリアに一言一句言い聞かせる。

「いいか、ナタリア。この人にそんな権限はない。僕が父上に言って、ナタリアがお城に住めるようにしてあげるからね。この僕が! 分ったかい」

僕が、と強調するように再び念を押され、ナタリアはこくこくと頷いた。

「おにいたま、ありがと。だいしゅき」

ぎゅっと抱き着くと、レオンがホッとしたように肩の緊張を緩める。

(ギルのおかげで助かったわ。そしてお兄様、なんて扱いやすいのかしら。思った通りに動いてくれる)

この城を正々堂々と出て行くその日まで、レオンにはとことん甘えよう。

そんなことを思いながら、ナタリアは彼の胸に小さな頭をうずめた。