悪役幼女だったはずが、最強パパに溺愛されています!

「何を言っているの? そんなこと、ただの人間の私にできるわけがないでしょう?」

(ええっ、じゃあ、だれがお兄様の獰猛化を沈めるっていうの!? このままだと被害者が出てしまうわ! モフ番の中では、アリスが早くにお兄様の獰猛化を沈めてくれたから大ごとにはならなかったけど)

民衆を守るべき王太子が他人を傷つけたとなると、大問題だ。

オルバンス帝国の信用に関わる。

「グルルルル……」

耳の奥を低く揺るがす唸り声が聞こえ、ナタリアはハッと後ろを振り返った。

螺旋階段の手前に、まるで月の光をまとったかのように光り輝く金色の狼がいる。

屈強な四肢に、鋭い牙、そして真っ赤に染まった瞳。

錯乱しているのか、口元からはおびただしい量の涎が流れ出ていた。

眼光を光らせ、グルルルと地鳴りのような唸りを続けている獣は、今にもこちらに飛び掛かってきそうな勢いだ。

(これが、お兄様……)

ナタリアは、ごくりと唾を呑み込んだ。

普段は、優しくて、甘くて、そしてときどき間抜けな兄なのに。

そこにいるのは、完全に理性を失った野蛮な獣――。

ナタリアは、胸がぎゅっと絞られるような心地がした。

アリスはナタリアの背中に隠れ、ガクガクと震えている。

使用人たちはもう全員外に逃げ出していて、城内に残っているのはナタリアとアリスだけだった。

ナタリアは、頼れるのは自分しかいないことを悟った。

(獣操師になるための勉強を、毎日してきたじゃない。きっと大丈夫)

自分を信じるしかない。

兄のために、そして自分のために。