客は他に、杖をついた男性がひとり入ってきた。
常連なのだろう、迷いのない足どりで通路を進み、スクリーンに近い席に腰かけた。
そこが長年の指定席なのかもしれない。

ほとんど貸切状態だけど、ぜいたくな気持ちとはほど遠い。
後方の壁の上部に小窓が設けられていた。

またも『ニューシネマパラダイス』の場面が頭に浮かぶ。
あそこから映写機でスクリーンに映像を投影するのだろう。

あの小窓の奥に、この映画館と同じくらい年を重ねた映写技師がいて———
不意に、いかにも偏屈なもぎりの老人が脳裏にあらわれる。
あの老人がこの映画館のオーナーで、そして今あの小窓の奥で上映の準備をしている———なぜかそれは、奇妙な確信だった。

ちなみにその日の上映作品は、スタンリー・キューブリック監督『時計じかけのオレンジ』だった。

暴力と性が氾濫する世界を風刺たっぷりに描いた映像は、正直まったく好みではなかった。

途中いちどだけ、洸暉が顔を寄せてきて、暗がりのなかでキスをするという、カップルっぽい一幕があった。
作品よりは甘く感じられた。

それでも、この映画館はまもなく閉じることが決まっているのだ。

「また」も「次」も「今度」も絶対にない。
こんなに救いがない映画を、陽澄は観たことがなかった。