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彼の蔵書を借りて読むようになり、数学の課題を解いてもらうようになった。

教える、という言葉は洸暉の辞書には存在していないようなので、ただ解いてもらうだけだったが、数学の問題に頭を抱えることはなくなった。
こちらは乙女の貞操を差し出しているのだ。見合うのかと考えるのは虚しいのでやめた。

認めたくないのだが、陽澄は洸暉が数学の問題を解いているのを見ていると、心が波立つのを感じずにはいられない。

好き、と表現するのには抵抗があるから、嫌いじゃないというところだろうか。

問いを一瞥しただけで、彼の頭の中では瞬時に回路がつながり、解答へと通じる最短の道が視えるようなのだ。
数の世界と交歓し、彼のいう真理に触れているなら、たしかにそこはとても“落ち着く“場所なのだろう。
陽澄がどれだけ手を伸ばしても、足で地を蹴っても、届くことが叶わない場所だ。

それに気づかされことで、陽澄は更なる混乱に突き落とされた。
誰にもどこにもぶつけることができない感情の塊を抱えて、ときに呼吸をすることすら苦しくなる。

なぜ、と叫び出したくなる。
なぜ、自分なのか、と。