「本当は……君に水をかけるつもりもなかったし……その後も……服着替えさせて普通に家に帰すつもりだった……」
「あの、頭あげてもらってもいいですか?」
「……しかも僕はどうやら……昨日の夜の事を……ほとんど覚えていない……」
「……はい?」

ほとんど、覚えて……いない……だと?
あの、セクハラまがいの数々を……だと?

「あのぉ……つかぬことお聞きするのですが……どの辺まで覚えて……」
「君に……レモン水を飲ませたあたりから……その……記憶が曖昧で……」

そこから……なんですね……。
もう、随分初期から記憶、ないんですん……。

「僕は君に……何か変なことをしなかった?」
「変なこと……とは?」

私が聞くと、黙り込んでしまった。
どうしようか……正直に伝えようか……?
一瞬考えたものの……。
あの加藤さんの可愛さは、私だけの思い出にしてしまってもいいのかも、と何故か思った。

「私の体の上で、そのまま寝たことくらいですかね」
「それ……は……本当に申し訳ない……」

ごにょごにょとした、小さな声だった。
本当に、申し訳ないと思っていることが、分かる。

「気にしてないから、大丈夫ですよ。私、年上ですから」

あえてここは、年上ぶってみる。
普段の加藤さんならここで

「変に年上ぶらないでよ」

と言ってくるが、今日は

「そうだな」

肯定だった。
……なんだか、急に恥ずかしくなってきた……。
余計なこと、言わなきゃ良かった……。
その時、玄関においてあった時計が目に入った。

「いけない!加藤さん、そろそろ準備しないと会社に遅れますよ」
「そうだな」
「私もあと30分で出ないと遅刻しちゃう……!」
「いや、君は今日は休め」
「……え?」
「忘れてるみたいだけど……君は今、熱があるんだよ」
「あ……」

そう言えば、そうだった。

「昨日振った業務は、明日朝一でやってくれればいいから」

そこは、やらないという選択肢はないんですね。
しかも朝一て。

「だったら今日行って仕事した方がまだ」
「ダメだ」
「何でですか!」
「体調管理は最優先だから、僕が許す」

そう言うと、加藤さんは「それじゃあ」とさっさと扉を閉めて行ってしまった。
ふと。
加藤さんはもしかすると、自分のせいで私の熱が上がったと思っているのではないか……。
確かに、濡れた服を着たまま寝落ちせざるを得なかったわけだけど……。
そんなことより……。

「違う意味で熱が出そうです……加藤さん……」

昨日の夜、微かに感じた1つの可能性。
井上さんとのことをからかった時の怒りから始まり……少女漫画と乙女ゲーム、それから高校時代の淡い思い出くらいしか、正直恋愛経験というものはない。
そんな私でさえ……さすがに気づかざるを得ない。

加藤さん……私のこと……好きなんじゃないですか……?

考えただけで、頭が沸騰しそうだった。