面接官におねだり(脅?)して、無事に入社が決定した。
と言うのは冗談で、あの面接以外は、普通にあの志望理由を

「感動した!」
「わかる、わかるよ〜」

感激する面接官が多かった。
臨戦態勢で挑んだだけに、肩透かしをくらった。
内定が出た後、書類の提出にいった際に「あの男」と出会った時に「とても嫌そう」な顔をしたのが、唯一スカッとしたのはここだけの話。
そうして、何となく新卒で入社した自動車部品メーカー総合職から、一念発起して人材サービスの新規開拓専門の営業として、桜が咲く頃から働き始めた私。
1ヶ月経ち、ゴールデンウィークを経てもなお、元気に仕事をしているはず……だったのだが……。

「お、今日もやってるやってる」
「かわいそー。あれ、公開処刑ってやつ?」

聞こえてるよ、処刑って何。私殺されてないから。殺されてなるものか。

「私だったら耐えられなーい」

私だって耐えたくないわ、こんなん。

「だからさ、何で朝から晩まで電話かけまくって、案件1つ取ってこれないの?」

まさかこの時代に、こんなパワハラを受けるなんて……。
人の席にわざわざやってきて、独裁国家の王様のようにエラソーに立ち、こちらを見下すような目線、口調で攻撃してくるこの男……。

「さすが、新卒入社ですぐトップになった、エリート様は違うねぇ」
「今や史上最年少マネージャーだしなあ。叶わねえわ」

あの面接で、私にいや〜な思い出を植え付けてくれたあの男。
この会社始まって以来の偉業を次々と成し遂げたスーパーエリートという有名人だと……後々知った。
正確に言えば、知りたくはなかったが、周囲が毎回毎回この男を見かけるたびに「情報」を口にしてくれるので、嫌でも覚えた……。
うちの会社で花形でもある法人営業部マネージャー、加藤涼介。
御年28歳。
……あれだけふんぞり返って、偉そーにしていた人間が、まさか自分より年下だと知った時は、

「年上の怖さを教えてあげたい」

とも思った。
が、正直マネージャーに選ばれるだけのことはある。
ただし、色々な意味で。

「あの……でも今日は100件電話かけたんですけど!100件!1時間で!」

私はもちろん抵抗する。

「ええ、1時間で100件ってできる?」
「1件20秒ってこと?」
「え、やば。それ人間じゃないじゃん」

同僚の口添えも、色々気になる部分はあるが、フォローの役割ははたしてくれたので、オッケー。
しかしその男……加藤涼介は引かない。

「アポ取れた件数は?」
「2……いや……3?」
「……へえ……どこの企業様とアポ取れたって?」
「……ええと確か……」

私は、まだ何も予定が書かれていない手帳を目で追うフリをしながら、

「バカ丸商事様とか、ゆっくり工場様とか……?」

……2とか3とかどころかまだ1件も取れてないけど……日本中の企業名なんていくらこの人でも全部覚えてないだろうから、適当に言っとけ。
すると

「担当者とその連絡先まで全部言って」
「は?」
「もちろん、電話口の方だから電話番号も名前もわかるはずだよね。あとそうそう、職種は?」
「ええと?え?ちょっまっ」
「営業?企画?事務?」

……しまった、それは想定外すぎた……。

加藤は鬼の首をとったかのように
「言えないの?」
「……ええ…と……」
「何、僕に嘘ついたわけ?上司の、この僕に」

上司上司って、年はあんたの方が下だろうが。こっちは人生の先輩だっつーの。

「し、仕方がないじゃないですか!皆様お忙しいっておっしゃるし、無理にお話聞いて頂くのも失礼だと思うんですけど!」
「……三十路にもなって、何甘えた事言ってるの」
「はいはい。味噌に親近感が沸く三十路まっしぐらですが何か」

そんなやりとりをしていると、周囲から相変わらずこういう声が聞こえる。

「出た!高井さんのカウンター」
「よくできるよねーあのマネージャーに口答え」
「あの人の心臓、きっとステンレスでできてるんだよ」
「さすが元自動車メーカー」

だから、人をロボットのように言うな。
そこは鋼鉄の心臓だろう。
そして前職は関係ないし。

「面接で言ってたこと……嘘だったの?」
「嘘じゃありません!」
「でもさ、役に立つどころか、ただのお荷物だよね、今のままじゃ」

うっ……痛いところ突かれた……。
私は悔しさで右手を強く握りしめる。
こんなところで、負けてたまるか……!

「……一体前の会社で何してたの?営業経験はあるはずでしょ?」
「私目当てのお客様がたくさんいらっしゃったので、まったり楽しく笑顔でお話しながら仕事してましたけど……それが何か?」
「私目当てでたくさんのお客様が……ねえ」

何、その怪しい笑み……。
嫌な予感しかしない……。

「じゃ、その、たくさんのお客様を引き寄せる、お客様ホイホイの高井さんには」

加藤はそう言うと、30cmくらいの高さの書類の山を、私の目の前に置いた。
ていうか……ホイホイって言うな!ホイホイってなんだ!
そして……この……たくさんの企業名が印刷されたこのリストの数々は……まさか……。
加藤は、さも当然と言った感じで

「これもアポ取り宜しく」
「……全部?」

いかおかしいでしょう。
下手すると……1000は優に超えてるのでは!?

「あ、それから」

まだ何かあるの!?

「僕と話したいことはきっと山ほど君にはあるんだろうけど、今日は、もう話しかけないで。僕、とっても忙しいから」

そう言うと、加藤はマグカップのコーヒーを一気飲みして、立ち去って行った。

……なんて言った?
僕に話しかけんな?
誰が、誰に話しかけるって!?
私はリストを勢いよく床に叩きつけてやった。
周囲がドン引きしたのが空気で分かったが、そんなこと知ったこっちゃない。

「あんたが、毎回毎回こっちが話したくなくても、勝手に話しかけたんだろうが!こっちだって願い下げだ!おとといきやがれ!」